第10章 丘を越えて行こうよ
加奈子を車に乗せているのを見られてからこっち、敏樹と一也は微妙に気まずい。
敏樹はらしくもなく言いたいことを呑み込んで、ごちゃごちゃ考え込んでいる。
一也はそれをわかっていて、何も言わない。言う必要もないと思っている。
加奈子と一也に疚しいところは何もないし、いちいち言い訳をすれば反って敏樹はふたりを勘繰るだろう。それに、加奈子が敏樹に言うべきこと、敏樹が自分で気付くべきことに口出しする気はなかった。
詩音にまで勘繰られたのには参ったが、そっちの誤解は溶けて安心した。最も詩音は一也が子供の頃から加奈子を好きだったの何のとまだあらぬ勘違いをしているようだが。
何勘違いしてるんだ。
何処をどう間違えたらそう思えるのかさっぱりわからない。一也がずっと見続けてきたのは当の詩音だというのに。
本当難しいよな。
そして面倒くさい。シンプルだったことが年を経るに連れ複雑になっていく。
「加奈ちゃん来てるぞ。加美山が点数稼ぎしてたけどいいのか」
空缶をベコベコ鳴らしている敏樹に顰め面で言うと、敏樹はピタリと動きを止めた。
「ああ、うん。加奈子な、俺が呼んだんだ」
だろうな。
一也は内心溜め息を吐いて頷き返す。
折角詩音が司会を替わったのに、わざわざこのくそ暑い中身重の加奈子を引っ張り出すなんて、事情を知らないとは言え、如何にも敏樹のやりそうなことだ。この従兄弟は人好きするが決定的に空気が読めないところがある。
「呼んだんなら顔くらい見せてやれよ」
「ん?後でな。まずは俺の晴れ姿を見て貰わねぇと」
「暑いのに気の毒じゃないか。早く帰してやりなよ」
「…やけに突っかかんな。何だよ」
「突っかかてっんじゃないよ。心配してるだけ」
「お前は詩音の心配してやれよ。大丈夫なのか、あんなモン着せて」
「自分から言い出したんだよ。詩音ちゃんが言い出したら聞かないの、知ってるだろ?」
「だからってありゃキツいぞ。俺だってキツいんだから」
体力に自信のある敏樹がキツいなら詩音のキツさは大変なものだろう。一也は慌てて足を踏み出した。
「おいおい、駄目だろステージは。本番中だぞ」
「裾からちょっと差し入れするだけだよ」
「なら俺がステージに出たとき、何とかして渡してやるからさ」
「…お前が?」
「何だよ。文句あんのかよ」