第10章 丘を越えて行こうよ
「そら敵方の"だじゃく組合"だべよ。俺は"海を、山を、秋田を守る、秋田発・地産地消ヒーロー"ネイガーだし」
胸を張った敏樹に加美山が意地悪く笑う。
「その決め台詞、忘れんなよ?お前中学ンとき最後まで平家物語の盛者必衰の下り暗唱出来なくて、国語のベラ山を半狂乱にしてたよな?」
「は?平家物語?」
敏樹がきょとんとして加美山は両手で顔を覆った。
「…いやー、もういい。何でもない。今ここでそれ思い出したらそれこそ決め台詞の方を忘れそうだから、もう何も考えんな」
「敏樹。加奈子さん来てるってよ」
拉致のあかないやり取りに詩音は思わず割って入った。
大丈夫なの?
目顔で問うが、事もあろうに敏樹は頭を掻いてダハハと笑った。
「あー、俺が呼んだんだ。この勇姿を見て貰おうかなーってさぁ」
開いた口が塞がらない。
そうだった。こいつはまだ加奈子さんの妊娠のことも切迫流産のことも知らずにいるんだった。妊娠を知ったら敏樹に引かれるんじゃないかって、だから加奈子さんは一也に相談してたんだ。一也とアタシがいらない苦労をする羽目になったのは、こいつのせいだ。
「カッコいいだろ?どうよ?」
得意気にポーズをとる敏樹に詩音は目眩がした。
一也は兎も角アタシにまで面倒かけて何が秋田名物ご当地ヒーローだ。だじゃく組合にぶちのめされてしまえ。
流れ出た汗が染みる目をしばしばさせながら、詩音は敏樹を睨み付けた。
もう早く終わらせよう。早く終わらせて加奈子さんと自分をうちに帰らせてやらなければ、どっちも保たない。ついでに一也も多分保たない。このまま加奈子さんの相談に乗り続けて挙げ句お腹の子の父親だなんて噂でも立ったら、あれだけ噂を気にしてる一也のことだ。胃に潰瘍のひとつや二つや三つ四つもこさえて、ぶっ倒れかねない。
加奈子さんには悪いけど敏樹に話してしまおう。今更グダグダ言ったって、お腹の子はもう育ち始めているのだ。加奈子さんと敏樹にしっかりして貰わなければ困る。人を巻き込んでる場合じゃない。
「敏樹。お祭り終わったらちょっと話があるから」
「お?何だ?それはいい話か悪い話か?」
「凄くいい話よ」
イライラしながら答えると、加美山がニヤニヤして茶々を入れて来た。
「何だよ今野。敏樹のネイガー姿にやられちまったか?…ぷッ」
「お前は!早く帰れっての!」