第10章 丘を越えて行こうよ
「うわッ、何だ、頭…?」
足元のゆりべこちゃんに驚いて片足を上げた加美山に、詩音は呆れ顔をして手を振った。
「何驚いてんの。アンタが手配した牛の頭でしょうが。丁度いいわ。拾って頂戴。迂闊に動くと危ないのよ、これ」
「いきなり高飛車かよ。何ぷりぷりしてんだ?一也と喧嘩したか」
糸のように細い目を更に細めて人の悪い顔で笑う加美山からゆりべこちゃんの頭を引ったくり、詩音はふんと鼻を鳴らした。
「喧嘩してんのはアンタと柴田のおっちゃんでしょ?仲直りしたの?」
「一也から聞いたのか」
眉を顰めて加美山は色白の顔を歪めた。
「喧嘩ってほどのものじゃない。ちょっと意見が食い違っただけで」
「あー、女の好みの食い違いね」
「俺も柴田さんもいい大人だし」
「いい大人は人前で取っ組み合いの喧嘩なんかしないわよ」
「………一也のヤツ、口が軽いな」
「一也だけじゃない、皆噂してるよ。全くいい年こいて何やってんだか」
「いい年ってのはぼちぼち同級生から出戻りなんかが出る年ってことか」
加美山は昔から口が悪い。性格も良いとは言えない。人に嫌われるのを厭わないし、人を嫌うのも躊躇わない。詩音は脱力して笑った。
「……変わんないねえ…。そんなんじゃ彼女のひとりも出来ゃしないでしょ」
「彼女にしたい女がいないんだから自然なことだろ。お前も相変わらずだな。人を選んでズケズケものを言うところ」
「人のこと言えた義理か」
「俺は人を選んだりしないからな」
「えっらそうに」
「偉いんだよ。俺は」
ふんと鼻を鳴らした加美山が詩音の頭にガボッとゆりべこちゃんの頭を被せた。
「この暑いのにバカじゃないのか。倒れるぞ」
「顔を出したくないのよ」
「わざわざ勿体つけて隠す程の顔かよ。大体加奈子さんの代打がお前とかホント図々しいよな。がっかりだ」
「うるさいね。アタシだってアンタをがっかりさせる為にわざわざこんなカッコしてんじゃないんだよ。いちいち思ったまんま口に出すな。ちっとは遠慮しろ。聞き苦しい」
「お前に遠慮しても何の得にもならないだろう。馬鹿馬鹿しいこと言うな」
「馬鹿馬鹿しいのはアンタでしょ。得って何さ。人に気を使うのに損得なんかあるか。くっだらない。遠慮くらい覚えろっての」
「ムカつく女だな」
「アンタは人にそんなこと言えないの。自覚しな」