第10章 丘を越えて行こうよ
「だからお前の夢の限界はそこら辺ってことで…。それとももう少し頑張ってトランプの女王レベルまでいっとくか?頑張れるか?」
「そんなゴールの為に頑張れねぇよ、俺は…」
「根性なしめ」
「そんな根性は要らねぇ」
「まーズグナシ(いくじなし)のニラレバ豆腐だごど」
「やがまし。口曲がり(口が悪い人のこと)」
口を尖らせた敏樹が店の引き戸を開けた。開店の札を反して閉店しながら、腰のキーチェーンを手に幾つかの鍵をかけて戸締まりする。
「海にでも行きてぇなぁ…」
言いながら詩音を振り向いた敏樹は片方の眉を上げた。
詩音が駅前通りを行く車を目で追っている。
「何よ?どうした…」
その目線の先を認めた敏樹は口を噤んだ。
佐藤塗装店の軽バン。運転席に一也がいるのはわかるが、助手席に加奈子が乗っているのは何なのか。
あっちもこっちを見ている。一也の困ったような曖昧な顔と、咄嗟に俯いた加奈子の姿がいやに目に焼き付いた。
「何、あの組み合わせ」
詩音が顔を顰めて呟く。
「昨日からこそこそしてやな感じだな!」
「…こそこそって…。あれじゃねえの、夏祭りの打ち合わせとか…」
「実行委員の私を差し置いてか!もう知らん。夏祭りでも脱水症状でも熱中症でも、好きなだけ夏を満喫してろ。おいコラ敏樹、鍋食いに行くぞ、鍋!」
「鍋ぇ?」
「鷹谷とこの浜源ならやってるだろ、鍋!ちゃんこ屋なんだから!」
「夏の真っ昼間にちゃんこなんか食いたかねぇよ」
「夏なんか知らん。行くぞ」
「行くぞって、あそこランチなんかやってんのか」
「やってなけりゃ鷹谷を引っ叩いても作らせる。ちゃんこ食って鶴の湯で風呂入って鶴舞卓球道場で卓球して、カラオケ行って呑んで帰る!」
「なげぇ予定だな、おい。付き合いきれねぇぞ俺は。夜も店あんだから…」
「一也に出し抜かれるなんて納得いかん!さんざ女の人は苦手だの誤解は困るだの言っておいて、何だアレェ!?腹立つ!」
「しぃは相変わらずジャイアンだなぁ…」
「アタシがジャイアンならアンタはブタゴリラだ」
「ブタゴリラか。最悪…。スゲーモテなさそう」
「そこ?アンタってつくづくフツーに馬鹿な男って感じ」
「俺はフツーに男らしい男だよ」
「まぁね。ある意味凄くその通りだね。アンタが期待してるニュアンス通りかどうかは知らないけどさ」