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第8章  はんぶん コルハムの語り ーセタとマッカチー



北のバカでかい島にゃ赤い狼がいるんだぜ。
あっちの山こっちの山ってあちこち出やがるから何頭も居るのかと思や、差に非ず、一頭こっきりの狼が神出鬼没してやがんだ。
顔に派手な掻き傷があって、ありゃ羆とやりあったんだろうな。デカくて綺麗な狼だったぜ?あんな獣ァふたつといるもんじゃねぇよ。
あっちじゃウォセカムイとかってぇ呼ばれてんだ。吠える神て意味らしいけどよ。吠えるって聞いたら、犬かと思っちまうわなァ。町場生まれだからよ、俺ァさ。

そこに朱い灯りは見えなかったか?
ヤワ(内地)を指す糸は伸びていなかったか?

海辺にも遊郭があるって事は知っとるかね?
そりゃあ綺羅びやかで見事な遊廓じゃ。海辺の遊廓っちゅうのは風情がある。波の間に間に遊郭の灯りが揺らめいて、夢でもみてるような心地になる。
そこに毛色の変わった遊女がおってな。他の遊女のように髪を結い上げるでなし、洗い髪を垂らして客をとるんじゃ。しかしこれがまた目鼻立ちのくっきりと鮮やかな、得も言われぬ弁天様でなぁ。口数は少なく笑うでもなし、褥に横たわるときは有無を言わせず灯火を皆吹き消してしまう愛想なし、けれどどことなく淋しげな憂いを帯びた花顔が、如何にも唆る傾城じゃ。
お陰でその遊女のおる楼閣は大繁盛、引きも切らずで客が詰めかけておる。
とは言え当人はそんな賑わいも何処吹く風、暇さえあれば海を眺め、溜め息を吐いておる。
わしゃそこにひと月もおったが、一日として海を見ぬ日も溜め息を吐かぬ日もなかったなぁ…。
ありゃ余程の憂いがあるんじゃろう。在所に恋しい男でも、残して来たんじゃあるまいか。

四季を十回経巡って、やっとここまで聞き集めた。

チマ。
朱い灯りは消えていない。チマとネツは糸で繋がっている。
いつかネツは必ず海を渡る。必ずチマを見つける筈だ。チマの恋しい男は、チマを諦める事はないだろう。
あのセタとマッカチは、そういう星回りの元に生きているのだから。
私はその星回りの訳を知りたい。だから、お前たちを追わずにいられない。
途切れた物語の続きを拾い集め、朱い灯りを辿る。
雨垂れは思うところに行き着くまでに時がかかる。思わぬ場所へ流れ着きながら、私は今チマを目指している。
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