第1章 バルバッド編
天界から最後に見たのはいつの事だったか、バルバッドはアンジュの記憶よりもさびれている。そんな感想だった。
貧しい民衆は照りつける太陽に体力を奪われ、その体力を回復する術を持っていない。このままでは死んでしまうであろう影の民衆を国王は見向きもしない。それは何処の国も殆どが同じ事だろう。
「なるべく関わらない事が最善だな…」
こういった類は関わらないに限る。いつの時代も面倒事だけは避けたい。何より、アンジュは全ての民衆に平等で無ければならない存在なのだ。人1人に肩入れすることも出来ないので、その場を去ろうとしたその時だった。
「きゃっ!」
アンジュのすぐ隣を歩いていた1人の少女が道に足を取られて転倒してしまったらしい。転倒する際に少女は、みすぼらしい少女とは正反対な裕福そうな姿をした男にぶつかってしまったらしい。正確に言えば、男が少女に当たったと言えば良いだろうか。
しかしお偉い貴族様は勿論少女に謝ろうとはしない。むしろその逆だ。
「何俺にぶつかってるんだ!俺は貴族だぞ!お前のみすぼらしい服とは違うんだ!見ろこの土埃を!ああ、汚らわしい!今すぐ弁償してくれたまえ!」
「ご、ごめんなさいっ」
「謝るだけで済むと思うなよ!」
「ひっ!」
男の手が少女に伸びる。全ての人間に平等であれ。そんな決まりを初めに作った天使は誰だったか忘れてしまった。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
アンジュは少女と男の間に立っていた。
「なっ、なんだお前は!?」
「平等であれって言われてもな…流石にこんな可愛らしい嬢ちゃんを見逃すわけには行かへんからな」
被っていたフードを頭から外し、男へと視線を向ける。
「失礼致しました。私は旅人です。この場はどうか見逃してくれませんか?」
「ふざけるな!」
男が命令を下せば、男の隣に立っていた付き人が、アンジュの両脇に立った。
気がつけば、何の騒ぎだと騒ぎを嗅ぎつけた民衆が周りを取り囲んでいた。
「…では、これで如何ですか?」
アンジュが指をパチンッと一つ鳴らせば、何処からともなく金が降ってきた。
「なんだこれは!?」
「これで十分ですよね?では、私はこれで」
みるみるうちにあたりを埋め尽くす金銀財宝。男がそれに夢中になっている間に、アンジュは逃げた。
その様子を、ある男が見ているとは知らずに…。
