第1章 バルバッド編
アンジュが初めてアラジンを感知したのは天界だ。その時に感じていたアラジンの他に居たもう1つの気配。まだほんの少しではあるが、彼に眠っているであろう王の器に相応しい資質は、天使であるアンジュにも感知できた。
今現在はアラジンの隣に彼は居ないらしい。その代わりに、隣にいるのはまだ幼い少女だ。しかし少女の本質にはいたいけな幼さなど全くなく、むしろもっと大きく凶暴な何かが潜んでいる。そんな感覚だった。
アンジュはゆっくりとこちらに近づいて来るであろうアラジンの気配を感知した。
会ったらまず初めになんと会話をしようか。そんなことを考えていると、近くにとてつもなく大きな力を感じ取った。
「これは…シンドバッド!?」
七海の覇王と呼ばれる伝説の男がなぜこんな砂漠のオアシスに居るのだろうか。幸い、アンジュには気がついていない様子だが、確かに草木の隙間から見えるほどの距離にシンドバッドは眠っていた。裸で。
「…あいつ、もしかして身包み剥がされてないか?」
シンドバッドともあろう男が盗賊に身包みを剥がされているという衝撃に、アンジュはどっと溢れ出そうになる笑い声を頑張って圧し殺す。
「うっ…くくっ…馬鹿だろあいつ」
こんな時に近くにジャーファルでもいれば、容赦なく彼に伝えて大声で笑いに行けるのだが、生憎とアンジュもそんな暇がある訳では無い。むしろ今シンドバッドに見つかれば、色々と面倒臭い事になる。それだけはゴメンだ。
「仕方が無いけど…近くの街に行くか」
方角からして、アラジンはこちらに来るだろう。シンドバッドを上手く回避して彼に会うためには、ひとまず街へと進路を決める他ないのだ。
「おっと、癖で空を飛ぶところだった」
バレては何かとややこしい正体であるアンジュは、翼を隠し、念のために上からは空間魔法で取り出したマントを羽織った。
下手をすれば見世物小屋に奴隷として売り飛ばされる可能性がある。勿論アンジュの力をもってすれば逃げることは簡単だが、できれば目立つような面倒事は控えたいのだ。
「確かこの先はバルバットだよな」
後ろの方から少年少女の喚き声が聞こえる。今頃シンドバッドに出会って大騒ぎになっている頃だろうか。