第4章 極
「主、お話したいことがあります」
夜。障子の向こうから聞こえた声に、私はパタンと日記を閉じた。
「構わないよ。入っておいで」
時刻はもうすぐ日付が変わる頃。
障子が開いて、入ってきたのは平野。
私は彼の顔を見て、ただただ悟った。
何か、大切なことを決めたのだと。
「何か、大切なことを決めたんだね」
私が言うと、平野は少し驚いたような顔をしてから真剣な顔つきになった。
「はい。主、僕は旅に出ようと思います。」
「そう。………昼間の話を聞いて、決めたのかい?」
私は彼等に話したことを思い出しながら尋ねる。
「はい……………ですが、前から自分の弱さについては考えていました。」
「弱さ?」
「僕は、このままではいけない気がするのです。このままでは………」
私は黙って彼の言葉を聞くことにした。
「ですが、どうすればそれが見えるのか。解りかねていました。そんなとき、主の話を聞いて。今しかない、と思ったんです」
何を言うべきか決めかねて、私は思ったまま言うことにした。
「一期には話したのかい?」
「はい。その他の兄弟達にも、話をしてあります。」
「そう。………旅は大変だよ。私も昔、行ったことがある」
「主もですか?」
「あの頃、私はまだ自分が不老不死になった事実を受け入れられなかった。だから、沢山のものを見に行ったんだ。」
私は昔話をする。つまらなくて、切ないみっともないだけの幸福な記憶を。
「見に行って、良かったと今なら空にだって叫ぶことが出来る。あの時世界を見て、私はもっと世界を好きになったから。」
「……………そう、なんですか。素敵な………幸福な話です。」
「本当に。………時間と自由は、誰にだって優しさをくれる。寂しいけれど、行っておいで平野。」
「主………ありがとうございます。」
小さな彼を抱き締める。
寂しくなるね。そう言うと、平野は手紙を毎日書くと約束してくれた。
「楽しみにしてるよ。君からの手紙も、君が帰ってくることも。行ってくることも」
「はい。楽しみに、していてください」
今生の別れのように、私達は泣いた。
何故泣いたのかと、言葉にすることはできないが、それでも涙は止めどなく溢れた。
楽しみで、寂しくて、優しくて。
優しい夜がゆっくりと流れていく。
次の日、平野は旅に出た。
何処に行ったのかは聞かなかった。
「行ってらっしゃい。」