第5章 第四章 ドッペルゲンガーという概念は我々にはない
ーーーもし、あと一秒でも生きられるのなら。私は、人を助けられる人に、なりたい
人を拒絶する太郎太刀の心が、彼岸花は何よりも悲しいと思った。
刀を構える彼岸花に、太郎太刀が顔をしかめる。
「やはり、貴方が立ち塞がるのですね。良いでしょう。掛かってきなさい」
六本の武器を見る彼岸花。鎌二本に、骨の腕が二本。通常の腕だって、あの体格なら十分な脅威だ。
それでも、やろう。
「ちょ、ちょっと!あんた………!」
次郎太刀の声が背中にかかる。
彼岸花は振り返らずに、言った。
「私は、何があっても勝つ。だから、そこの雑魚はお願いします。………余裕があったら、手伝ってくれてもいいんですよ。」
ちゃっかりと一言加えて、彼岸花は昨日の手合わせを思い出した。
(相手の呼吸を乱す………)
思い出すと、彼岸花は思いきって目を閉じた。
辺りから刀が風を切る音が響く。金属音がして、誰かが声を掛け合う。
誰かの呼吸音が聞こえる。だが、これは太郎太刀じゃない。
集中するは、前方の音。
呼吸は……………
「!」
月明かりが彼岸花の横顔を照らす。
彼岸花が目を閉じていることに気付いたのだろう。一瞬、驚くような気配がした。
これが、呼吸。
「………………っ!」
目を開けて一瞬、太郎太刀の呼吸が息を吸った所で、彼岸花は突っ込んだ。
不意の一撃、でも、直ぐに相手も反応を示す。
骨の腕が彼岸花の足を掴もうとして、それを紙一重でかわす。足に、一瞬だけ痛みが走った。
(あ、そういえば靴)
履いてなかった。まぁ、いい。
彼岸花が腕を避けたら、次は鎌。
二本が十字を切るようにタイミングをずらして、おりてくる。
受け止めることは不可能。避ける事は………隙間はある。
(でも、ほんの小さな。)
だけど、あるのなら。
不可能じゃないのなら、やってやろう。
鎌の一本目が地面を叩いたのを見て、彼岸花は地を蹴った。
ほんの小さな針を通すような隙間。それは、ここ、相手の鎌の上。
「っ………!」
太郎太刀が二本目の鎌を一本目にぶつける寸前、鎌が動きを止めた。
(やった………!)
内心喜びを叫んで、彼岸花は刀を太郎太刀へと振り下ろした。
「くらいやがれ!」
ズバッ、と切れる感触。
目の前で血飛沫があがる。
同時に、感じる腹部への痛み。