第5章 第四章 ドッペルゲンガーという概念は我々にはない
狂っている。彼岸花はそう思った。
「貴方は、あれを見たのですね。私は、壊れた………奴が言うところの美しくなった貴方達を見た。そして、そのまま死んでいく貴方達を。」
ざっと燭台切達を見て、太郎太刀は言う。
「奴は、最後に闇落ちへと目をつけた。闇へと身をおとした刀剣は、自然とその姿を異形に変える。丁度、今の私の様に。人工ではない、自然の作り出す美。奴は、そう言いました。」
太郎太刀の言葉は止まらない。
いっそ饒舌になった彼は、赤くなった目を光らせて続けた。
「弟の次郎が首を切ったその日、私は気付きました。既に自分は罪を犯しているのだと。もう、遅すぎるのだと。………私がこの姿になって屋敷へと帰ってきた奴を迎えたとき、奴は笑いました。『素晴らしい』と言って。そのあとは、もう………言わなくてもわかりますね?」
月明かりを受ける太郎太刀の顔が笑っている。
誰も、その事に気付きながら何も言えなかった。
「人間は、悪魔だ。どんな生物よりも貪欲で、どんな生物よりも重い罪を背負っている。奴等の全てを殺さない限り、誰かが永遠に苦しむことになる。だから、もう、邪魔をしないでもらいましょうか。」
闇落ち太郎太刀の六本ある武器が、ざわざわと蠢く。
それを合図に、闇から歴史修正主義者達がぞろぞろと姿を見せた。
敵に囲まれたこの状況。けれど、戦える刀剣達は、聞かされた地獄に心が追い付いていない。
彼岸花は、考える。
何故、こうも、納得がいかないのかと。
人が、勝手?誰かの何かを全て奪っていく?それは、そうかもしれない。だけど、それだけじゃない。
「太郎太刀。」
纏まらない言葉達を見て、彼岸花は息を吸った。
「貴方は、間違っている」
否定することだけは、いっちょ前の自分に嫌気がさす。だけど、言わないといけないのだ。
「人は、確かに貴方の言う面を持っているかもしれない。だけど、それだけじゃない。人は、人を愛するし、誰かの心を守ろうとしている。」
「貴方のその心と人の心。何が違うものか。ひとはなぁ!奪うだけじゃない!与えてもくれるんだよ!心あるものなら、苦しむことが出来るのなら!苦しみに立ち向かう覚悟も持て!!」
「苦しみに負ける自分を、正当化してんじゃねぇ!!本当に大切なものが見えないのなら、その曇った頭に、重い一撃をいれてやる!!」
彼岸花は刀を構えた。