第5章 第四章 ドッペルゲンガーという概念は我々にはない
(いや、でも、今はそれで助かってるんだよな)
結界が無ければ、今頃この太郎太刀が屋敷に入っていたのだ。それに比べれば、現状はまだ最悪ではない。
「………はぁ。取り敢えず、太郎太刀。今の貴方を入れることは出来ない。かかってこい。私が相手だ。」
刀を抜いて、彼岸花は構える。
だが、太郎太刀は刀を抜かなかった。
「貴方一人を殺すことなど、容易い事です。今度は逃がしません」
好戦的な台詞。だが、彼は動こうともしない。
しかし、その場にいた彼岸花は再びあの、背筋が凍りつくような感覚を味わった。
目を見開く彼岸花の前で、太郎太刀のシルエットが変化する。
風に靡く黒い髪。赤く光る彼の眼。
彼の肩にあたる部分が膨らんで、骨で出来たカマキリの鎌の様なものがのびた。
同様に、彼の背からも骨の腕がのびる。
合計六本の武器。
「………………な、そんな」
愕然とする彼岸花の前で、更に太郎太刀の顔の皮が半分ほど剥がれ落ちていく。それだけに留まらず、筋肉も落ちて、頭蓋骨が剥き出しになった。
皮も肉もない骨だけの顔半分の中で、唯一残ったのはその赤い左目だけだった。
これが、闇落ち。
人の形からも、刀の形からも、外れた禁忌。
今だかつてない恐怖に、彼岸花の足が震える。
「震えてますよ。でも、それだって今更遅い。もうーーー戻れないのですよ貴方も私も」
「……………………………戻る気なんてないさ。やってやる。大馬鹿者が!!」
振り上げられた鎌に、刀を構える。
受け止められるかどうかなんて、解りきっているが、やるしかない。
やるしかない。
鎌が振り下ろされる。
………………………金属音が響いた。
「……………………え」
目を丸くして、口を開いた間抜け面のまま、後ろへと倒れる彼岸花。
彼女の目の前で、鎌は……………受け止められた。
彼岸花を突き飛ばして、鎌を己の刀で受け止めたのは、二振りの刀であった。
「やれやれ。随分と不浄なものに染まってしまったようですね、私は」
「うわー、兄貴いっけめーん。しばらく見ない間に、二枚目になっちゃって」
「黙りなさい、次郎。…………貴方も、大丈夫ですか」
鎌の一方を受け止めながら振り向いたのは、見慣れすぎた顔。
「ど、ドッペルゲンガー?」
太郎太刀と次郎太刀。二振りの刀は、彼岸花を見て、微笑んだ。