第5章 第四章 ドッペルゲンガーという概念は我々にはない
「人がその罪に気付いたとき、罰は己の心の中に下される。言葉を伝えることは正しいけれど、拳を振り下ろすことは間違っている。」
だから、彼岸花が初日に小娘を殴ろうとしたことは、間違っている。殴って変わるものなんて、何があるものか。
人の心を変えるのは人の思い。言葉という手段があるのに、拳しか使えないことの愚かさよ。
「貴方の苦しみを伝えたいのなら、言葉にすればいい。」
「言葉で伝わるような者なら、そうしています。それに、私はもう何度も言ってきた。止めろ、助けてくれ、苦しい、辛い、悲しい。その言葉に、返ってきた言葉はありません。主は、悪魔だ。魂までもを食い尽くす、化物。」
「……………私が最近学んだことを教えてあげるよ。言葉を伝えるにはね、相互理解が必要なんだ。相手を理解してから、初めて解ることも、伝わることもある。」
「私にそれをしろと?今更もう、遅い。時間は戻りません。過去にいったところで、変えられるものもない。私に出来るのは、愚かな人間を殺すだけ。そして、私の仲間を迎えに行くことだけ。」
(仲間、そういや、弟がいるって話だよね)
審神者を殺し、弟を取り戻す。
解らない事ではない。苦しみの中で、それだけを思ってきたのか。
彼と小娘の間に何があったかなど、解らない。解らないが、行かせるわけにもいかない。
「今の貴方を屋敷に入れるわけにはいかない。歴史修正主義者と手を組んだ時点で、私の敵だ。」
「手を組んだ?この方達のことですか。彼等は私が率いてる訳ではありません。ただ、私が屋敷に入るのに協力してくれているので、私も放っているだけです。」
「………いや、わかんねーよ。貴方は普通に屋敷に入ればいいじゃん。」
長らく続いた不穏な流れに、彼岸花はそろそろ冷めてきていた。
彼の言ってることを否定するために理解したいとは思うが、あまりにも言ってることが解らないのだ。
「貴方は知らないのですね。屋敷には結界が張ってあるのですよ。」
「結界………?そんなの、誰が張ってるんだ?」
小娘?まさか。
「主が張りました。外界に邪魔をされないために」
(小娘が………マジか)
いや、奴だってまがりなりにも審神者なのだ。霊力自体は余りあるほどあるし、張っていたとしても、おかしくはない。ない、のだが信じたくはなかった。小娘の結界に守られていたというのは、気分が悪い。