第5章 第四章 ドッペルゲンガーという概念は我々にはない
「………出てきなさい。居るのは解っています」
彼岸花へと掛かる声。その声に、彼岸花は確信を持って木の影から飛び出した。
「………おや、貴方は」
「どうも。夕方振りですね、太郎太刀」
「……………」
「…………………」
沈黙。彼岸花は奥歯を噛みしめた。
歴史修正主義者が闇より姿を表す理由。
解りきっているが、原因は目の前の刀剣だ。
「闇落ちしてたんだ。どうしてこんなことをする?」
「どうして、とは。あそこは私の帰る場所ですからね。」
「なら普通に帰ってくれば良いだろ。どうして、仲間である他の刀剣にまで牙をむいたの?」
「仲間?………まさか、彼等は私の仲間ではありませんよ。寧ろ、今は敵だと言える。」
「よく言えるよ。どうして、そんなこと………」
彼岸花は呟いた。
素直に、悲しいと思った。闇落ちすると、仲間のことすらそうとしか思えなくなってしまうのか。
「ところで、貴方の名前を聞いていないのですが」
太郎太刀の言葉に彼岸花は苦い顔をした。覚えてもいないのか。まぁ、話したことすらないので仕方がないのかもしれないが。
「………彼岸花。私の名前は彼岸花だ。太郎太刀、貴方は間違ってる」
「?そんなこと、知っていますが」
「なら、尚悪い。闇落ちしてからって、やって良いことと悪いことがある。」
「それは、人間だって同じじゃないのですか?」
「そうだ。人も刀も、越えてはいけない一線があるし、罪には罰がついてくる。………こんなこと誰だろうがやって良いことじゃない。」
「人間は、勝手です。此方が譲れば、それだけ踏み込んで更に求めてくる。満足する事などなく、誰を不幸にしたって直ぐにそれを忘れる。」
太郎太刀の声は淡々としていた。もうずっと、その考えを繰り返してきたみたいだ。
だが、怒りが感じられない訳じゃない。淡々とした声の中に、消しきれない怒りが籠っていた。
彼岸花はまだ、本丸の闇を知らない。だから、彼の苦しみ全てを理解できる訳じゃない。それなのに、彼の前に立ち塞がる事はどれだけ愚かな事か。
(でも、愚かなのはこの刀も同じだ)
「罰がついてくると、貴方は今言いました。でも、その罰が釣り合っていないことだってこの世には万とある。私は、その罰を与えに来たのです」
「罰を与えるのは貴方じゃない」