第5章 第四章 ドッペルゲンガーという概念は我々にはない
木刀同士がぶつかり、音をたてる。
ぶつかって押し合う二人は、直ぐに距離をとって再び角度を変えて交差した。
「三十分経過、中々粘るな」
呟く獅子王。正直、予想外であった。
「しかし、歌仙殿はやはり手加減をなされてますね」
「まぁ、はっきり言って、倒すことが目的じゃないしな」
お供の言うことは最もである。歌仙はまだまだ実力の十分の一も出していない。
勝てないことは、もう彼岸花も気付いているだろう。息を切らす彼女に比べて、歌仙は己の呼吸を乱すこともしていない。
彼岸花と歌仙の勝負を見守る獅子王と鳴狐。正直、ここまで予想外の事は何一つ起こっちゃいない。
想定内の当たり前の出来事。
まぁ、百歩引いて中々粘るとは感心した。だが、それは別に予想を裏切るほどの現実ではなかった。
ここから更に一時間粘れば流石に驚くが、それは無いだろう。
獅子王は息を吐いた。
踏み込む。見えるのは歌仙の首だけ。
首を狙うのはやりすぎなんじゃないか、そんな考えはとうに思考の隅からも消え失せている。
例え止められたとしても、届けば上々。そんなものだ。
歌仙の太刀筋は大胆であった。しかし、同時に細やかでもあった。
まるで、字を書く時のようである。時に大胆にはらい、時にピタリと止めて見せる。
彼が自分を文系と呼ぶのは、解る気がした。寧ろ、見せられてしまいそうな太刀筋だ。
「ほんっと、風流ですねぇ!!」
妙な掛け声と共に、踏み込む。
それは、針を刺すときの様な、踏み込み。脳内で描いたのは政府で見たフェンシング。
体を一直線にし、引いていた腕を一気に進める。恐らくフェンシングを知らない者にとっては異様な戦法。これならいけるかもしれない。
……………だが、それは甘すぎる考えだった。
「!」
歌仙は確かに、一瞬だけ驚いた顔をした。
だが、それは本当に一瞬。瞬きをしたとき、歌仙の顔は笑っていた。
負ける。理解したとき、木刀は歌仙の一撃で飛んでいた。
(見えない)
絶望的な力量の差。真正面からの一撃を、同じく真正面から吹き飛ばした。なのに、相手の木刀が自分の木刀を打った瞬間は見えない。
無駄の無く、素早い動きだから起こった現象。
「参った。素晴らしい一撃だった」
「すまないね。手加減がきかなかったよ。」
余裕そうに笑う歌仙を睨んでみても、勝敗は変わらない。
「あー、負けた。強いね」
「恐悦至極、かな」