第5章 第四章 ドッペルゲンガーという概念は我々にはない
「あ、そういや一期一振って、今どんな様子?」
別にそれは、探りをいれる目的があった訳ではなかった。ただ、あれ以来一切姿を見ないので気になっただけだ。
だが、一期の名を出した瞬間、お供の止まらなかった舌がピタリと止まった。
「えぇっと、それは…………」
初めて言葉を詰まらせるお供。
「あー…………なんか、良くないんだ」
察してしまった彼岸花は少し髪をかきあげると、視線を宙にやった。
「いいえ。その逆です」
「…………逆?」
「えぇ。一期殿はあの日よりーーー明るくなりました」
「……………なんで?」
彼岸花の袖を切ったのがそんなに嬉しかったのだろうか。彼岸花は無くなった袖を見る。
「それが、よく解らないのです。何か踏み込んだ発言をしようにも、薬研殿達が間に入ってしまいますので………」
「………一期は、忘れてる」
「鳴狐?」
お供の話を引き継ぐように鳴狐が呟いた。
静かなその声を聞き逃さない様にお供も彼岸花も口を閉ざして、耳を傾けた。
「前に、一期と二人で話した。そしたら、一期、彼岸花の事を知らなかった」
「「…………………………」」
「…………み、自らの意思で記憶を消す技術は完成していたのですね」
言うなら今しかないと、彼岸花は苦笑いしつつ呟いた。
「な、何を言っているのですか!そんな呑気な事を言っている場合ではありませぬ!忘れているということは、記憶に不備が生じている可能性もあるのですぞ!」
「記憶に不備ってか、嫌なことを忘れてるんじゃない?冷静に考えると、あの時一期は、発狂しかけてたんだし、目が覚めてもそれを覚えていたら心が持たないよ。………まぁ、それすら甘えでしか無いんだけど。」
逃げたら、その分だけ後が痛くなるというのに。しかし、嫌なことを忘れるとしたら一期だけでなく、弟たちも凄く辛い筈だ。
「………大丈夫かなぁ。一期と弟達」
「一期殿は、本当は弟思いの優しい刀なのです。」
「………解ってるよ」
「それなのに弟達を守りきれず、その事に追い詰められて………あぁ、なんという悲劇。」
「………頃合いを見て、話をしないとな」
「しかし、今の一期殿は彼岸花殿の事を覚えておられぬのですぞ?」
「それならそれで、隣人のおばちゃんテンションで話しかけるよ」
「協力する」
そう言ってくれた鳴狐に彼岸花は頷き返した。