第10章 第九章 七面鳥の呪いですか?いいえ、七面の祝福ですよ
「あの日、俺は屋敷を抜け出して、山の中の池…………君なら知ってるとは思うが、倉の裏にあるやつだ。あそこに、向かっていた」
瓶で殴られたという鶴丸は、その日池に向かった。彼岸花はここまで聞いてから、相槌を打つ。
「池に入って、死のうと思ったんだ。」
「なるほ………どっ!?え、死のうとしたの」
うんうん、と頷きかけて彼岸花はぎょっとした。
「そんなに驚くことかい?俺はさっきも死のうとしてたんだ。別に、その意思が前からあったとしても不思議じゃあない。な?」
巧みな話術に流されそうになるが、彼岸花は、その思いに同意するわけにはいかなかった。
「……………死にたいなんて、思ったことがないから。わからないよ」
精一杯の一言。死にたがった鶴丸への反抗。
「……………君は、幸福だったんだな。いや、悪い訳じゃないが」
鶴丸は少し悲しげに微笑んで、続けた。
「まぁ、そんな目的があって俺は池に行ったわけだが……………いざ、入ろうとした時、そこで俺は奴に出会った。」
「やつ」
「……………………こんなことを言っても、信じてもらえるかは解らないが、俺はあのときーーーーー巨大な赤い鳥獣に出会ったんだ。いや、巨大というのは本当に大きくてな、俺の背丈をゆうに越えるほど大きかったんだ!………………って、君。どうした、顔が恐いぞ」
「失礼な。いや、とにかく、その鳥獣っていうのは、黒い尻尾を持ったやつですか?」
彼岸花の質問に、鶴丸は頷いた。
「その口調だと、君も会ったことがあるのか」
「いや、むしろ討伐に赴いたんですけど。知らないんですか」
「…………………まぁ、あれからよく本丸を出ているからな」
鶴丸は言った。
「あの時、あの鳥に出会った瞬間。俺は、不意に自分の中にある色んな感情に気がついた。」
鶴丸の語る口調は静かで、コロコロと変わる表情が、この時だけはすっと凍りついた。
「その感情のほとんどはな、怨みや憎しみ、殺意や怒りといった真っ黒なものだった。俺自身は、主が必要としないなら消えようと思っていたつもりだったが……………本当はただ、そんな感情に飲み込まれるのが怖かったんだ」
悲しい心だ、と素直に彼岸花は思う。
「気がついたその時から、俺の腕はこんな風になって、それと同時に自ら死ぬことが出来なくなった。」
自らの腕を見下ろした鶴丸は、そっと、その掌を閉じた。