第9章 月蝕の三日月。命のない罪。つまりは矛盾
戦法など、まるでない戦いであった。
彼岸花は片腕を失い、既に虫の息となりながら戦っている。
目の前の、三日月を見据えて戦う一方で、気を緩めると何もかもが意識の片隅に飛んでいきそうになる。
視界が時折震えて、気付くと視線が全くの外野へと向いていることも何度か経験した。
まさに限界突発。
しかしそれでも倒れないのは、沢山理由があるけれども、何より負けたくなかったからだ。
それだけだ。
「うお、りゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
馬鹿みたいな言葉を、必死に叫んで三日月の懐に入る。
腕を飛ばされた恐怖がぬっと胸に這い上がってくるが、そんなものは一瞬の死闘の中に投げ捨てた。
考えることなど何もない。
熱い、息が苦しい、胸の辺りが痺れる、腕が違和感を感じる。
喉をかきむしってしまいたくなる衝動は、喉の乾きと、生命の危機を伝えていた。
刀を振り上げる、三日月に防がれる。
刀をあわせて三日月を見上げれば、奴もまた彼岸花を見ていた。
見下ろす漆黒の瞳と、視線が交差する。
互いの感情は、無意識のうちに汲み取っていた。
汲み取っていたからこそ、互いに引けない意地が出来てくる。
「っ、失せろ!!」
乱暴に叫ぶと、彼岸花は三日月を弾いて、背後に下がった。
下がる際、軽く跳ねて下がったのだが、着地したときに面白いことが起こった。
「あ、熱い………よ…!!??」
囁くように言ってみると、赤い塊が口から出ていった。
「ゲホッ、ッケホ、ッガ、っくそ」
噎せ返る。喉の内側を切られるような痛みが走った。
血がドロドロと流れていた。
俯くと彼岸花は血まみれで、刀にも腕を伝って血が流れていた。
「どうした。もう終わりか?」
三日月が問いかけてくる。
(凄い。)
唐突に彼岸花は頭のなかで呟いた。
(まるで、刀も生きているみたいだ)
刀すら、自分の血管の延長みたいだ。
(………………………あれ)
するとそこで、彼岸花の感覚に変化が訪れた。
(そうか。延長上なのか)
刀は道具じゃない。
少なくとも、今の彼岸花にとっては、自分自身だ。
三日月を見る。
刀すら腕のように扱う三日月。
それは、他の刀剣とて同じだ。
刀を握り直す。
(私は、刀だ。)
刀なのだ。
ならば、この刀を無くした腕の代わりに出来なくてどうする。
刀を、心臓の代わりに出来なくてどうする。