第9章 月蝕の三日月。命のない罪。つまりは矛盾
『ほら、彼岸花を持ってきたよ。』
『しかし、君は母親に似て変わり者だね。彼岸花を好きな女の子なんて滅多にいないよ。』
『……………………しかも、見舞いの品に求めるなんて。』
『……………………………………………そうだね。確かに、彼岸花が死の花、だなんて人が決めたことだ。君の中には、君の彼岸花があるんだね』
『また、来るよ。早くよくなって、今度は直接話そう。』
『父さんは、何時でも君を愛しているからね。君は、僕の大切な娘だ。』
夢を、見た。
夢の中で更に夢を見るなど、不思議なことではあるが、彼岸花は気にならなかった。
目を開けて、天井の木目が見えた。
(………………………………………生き、てる)
いや、死んでいるのか。
刀剣として生まれて、彼岸花は時折、自分が今死んでいるのか、生きているのか、解らないことがあった。
残った左手を動かして、触れるか触れないかの距離で傷を確認した。
(…………………………思えば、ここは夢だった)
夢の中でこの身がどうなろうとも、死ぬわけがない。
「しっかりしろ…………」
呟いて瞬きすると、瞳から雫が流れて、頬を伝っていった。
「………………………………………………彼岸花、か」
懐かしい響きだ。
彼岸花は花なら、『彼岸花』が一番好きだった。
夢に泣かされるとは、恥ずかしいことであるが、それでも涙が止まらなかった。
なんとか起き上がって、壁に背を預けながら彼岸花はここ数日と同じように、手を合わせた。
「もう少し、もう少しだけ、時間をください。私は、まだ……………死ぬわけにはいかない。」
付喪神という立場であっても、きっとこの世界はままならぬ事だらけだ。
だから、そういうとき、神様に願ってもいいんじゃないかと彼岸花は思う。
ただ、願う内容には注意だ。
何もかもを、誰かが叶えてくれる訳じゃない。
だから、神様に願うのは、自分の努力に対するほんの少しの助力だ。
「頑張るから、どうか応援してください」
これくらいが、慎ましく、穏やかで、彼岸花はいいと思う。
「………………………………よしっ」
それじゃあ、
「約束を叶えに行きますか。」
月を見る約束。
臆病な少女の変わりに、叶えてやろう。
二つの夢に背を押されて、彼岸花は立ち上がった。