第9章 月蝕の三日月。命のない罪。つまりは矛盾
前審神者のファインダーを閉じて、彼岸花は頭を悩ませる。
結局のところ、精神論が一番難しい。人の心に正解はないからだ。
「取り敢えず、帰って試してみましょうか」と、彼岸花が言おうとしたとき、不意に上の階から慌ただしい足音が聞こえてきた。
何事かと尋常じゃない足音の強さに彼岸花達は思わず天井を見上げた。
出入り口である板が外され、ひょっこりと顔を覗かせたのは……………鳴狐であった。
「鳴狐!」
彼岸花が声をかけると、一瞬、鳴狐がホッとするような間と気配があって、それからお供が一気に喋りだした。
「皆様!大変でございます!!み、三日月宗近殿の様子が!!」
「「「!!」」」
その言葉に、三人揃って立ち上がる。……………隣で太郎太刀が棚に頭をぶつけた。
「様子が、どうしたんだい?」
言葉こそ穏やかなものの、声に焦りをにじませて石切丸が尋ねた。
鳴狐がこれに少し頭を振って、自らの口で答える。
「人の姿が、消えた」
たった一言。しかし、それはとんでもない事だ。
人の姿が消えた、つまりは具現化がとけた。
「それほどまでに弱っていたのですか………」
太郎太刀が思わずといったように呟くと、石切丸が入り口に手をかけて上にあがった。
彼岸花が慌てて梯子を立て掛けようと、足を向けると、今度は太郎太刀に脇腹の辺りを鷲掴みされる。
「え」
「こうした方が早いので、すみません」
下からグッと体が持ち上げられて、上からは鳴狐が引っ張り出してくれる。
彼岸花は後に語る。引っ越し屋に運ばれる段ボールの気分だった、と。
(う、魚。じゃない、うお。)
目を白黒させて驚いていると、あれやこれやという間に上がってきた太郎太刀に抱えられた。
「ちょっと!?」
彼岸花は思わず抗議する。
「皆様!お早く!!」
だが、お供の催促もはいり、結局彼岸花は太郎太刀に抱えられたまま屋敷を目指す事となってしまった。
道場の扉が見えてきた頃、彼岸花はどんなものでも大切に扱うことを心に決めていた。そう、例えそれが段ボールだとしても。
内臓がもう全部ずれてんじゃねーのか、なんて妙に冷静な頭で考えつつ、んな訳ねーだろ、ともう一人の自分で突っ込む。
道場内では、数名の刀剣が何かを中心にして固まっていた。
その何かに、地に降り立った彼岸花は歩み寄った。