第9章 月蝕の三日月。命のない罪。つまりは矛盾
獅子王は、優しい魂だと思う。
いや、それは皆そうだ。
歌仙も、優しい。
彼岸花は、どんな顔をすればいいのかがわからなかった。
嬉しい、し、何だか照れ臭かった。
「……………ありがとう。」
こぼれ落ちるかのように漏れた言葉。
心の端から落ちた言葉に、気取るような意味はない。
だから、獅子王も笑い返した。
室内に何やらほんわかとしたものが漂い始めたところで、門の開く音がする。
その音に誰もが表情を固くした。
「……………早いな」
壁にかかった時計を見て、歌仙が呟いた。
「早いの?」
彼岸花は聞き返す。
「あぁ。もしかすると、これは………」
「負けたのだな」
岩融が歌仙の濁した言葉を取って続けた。
その言葉に、彼岸花以外の全員が微かに顔へと恐怖の色を浮かべた。
彼岸花は何がなんだかよく解っていないまま、側にいる歌仙の顔を見上げた。
部屋の前を刀剣数名が通りすぎていく。
演練帰りであろう彼等の足は襖越しに聞いても重かった。
四人が通りすぎて、最後の二人は止まった。
誰だろうかと身構えていると、現れたのは燭台切と一期。
「お帰り!」なんて言おうとした彼岸花の喉は、二人の顔を見て凍った。
ポタリと、燭台切の額から血が落ちて彼の服に染みを作った。
二人は、傷だらけであった。
演練で酷くやられたのだと、彼岸花は思った。
だが、その思いはすぐに打ち砕かれる。
「…………………主は、随分と不機嫌なんだ」
燭台切が言った。
彼の目が、そっと室内全員を見渡す。
「道場に戻った方がいい。もしかすると、今夜は呼び出しが複数出るかもしれない」
「っ…………!み」
「ごめん。負けちゃって」
彼岸花が何かを言う前に、彼はそう言って背を向けた。
何かを言わないといけない。
傷ついた心を癒せるような気のきいた一言を。
(みっちゃん、一期さん………!)
「………………」
無言。無言だ。
彼岸花の口から、言葉なんて出ず、また誰も何も言わなかった。
一人、また一人と部屋から出ていく。
最後に獅子王と歌仙が振り返った。
だけど、何も言わない。
二人とも、静かに出ていってしまった。
小娘の過去を知って、そんな不幸があるのかと思った。
今も思っている。
動けない自分は馬鹿だ。
何も言えない自分は、どうしようもない。
なんとなく立ってそのまま立ち尽くす。