第8章 第七章 饅頭ならばつぶ餡派、咲くのなら花の下
『お母さん………!お母さん!!』
泣き叫ぶ子供の声が聞こえる。
世界は夕暮れ。子供は裸足で一人歩いていた。
彼岸花は、これが夢であることを知っている。
子供は迷子なのではない。家の場所はわかっている。
ただ、変える場所がないという意味では迷子なのかもしれなかった。
この夢は、何度も繰り返し見てきた。
前に、小娘が鶴丸を殴ったあの夢の日からずっと。
はじめは覚えてすらいなかった夢が、今では目を閉じれば直ぐに浮かぶほどに焼き付いている。
子供はずっとずっと歩く。夕暮れの中を一人きりで。
母親の迎えは来ない。
子供は一人で、歩くのだ。
「どうしたの、こんなところで」
彼岸花が話しかけても子供は顔をあげることもしない。
聞こえていないのだ。
「…………………」
夢を繰り返すたびに話しかけていた彼岸花も、今や何を言うこともなくなった。
場面が変わる。
変わった先は真っ暗だ。
真っ暗な中で、子供の泣き叫ぶ声が聞こえる。
「やめてっ!!やめてぇ!!!お母さん助けて!!!」
子供の呼ぶ母親はここには居ない。
彼岸花はこの後の結末を知っている。
知っているから、眉を潜めた。
子供を押さえつけるのは意地汚いゴミのような目付きの男。
その欲情に染まった目に、子供はただの肉塊としか映ってはいない。
男を、切り捨てようとしたことが何度もあった。
しかし、ここでも彼岸花の存在は変わらない。
本体であろう刀は、男の体を通り抜けるのみだ。
「やめろ。やめろよ、屑!!」
ドンッ、と床を踏みつける。
すると夢は、ここで終わるのだ。
子供はまだ、泣いてる。
目が覚めた。
彼岸花はお世辞にもよくない目覚めに顔をしかめさせて起き上がった。
(………………………本当に。録なゆめじゃない)
机の上にメモを発見する。
「あ、そっか。今日か……………」
政府に乗り込む。本番だ。
乗り込んで、彼岸花は聞かねばならない。
そして相手も、答える義務がある。
演練の開始は午前十一時。
襖を開いて外を確認するとまだ青黒い空が見えた。
「……………………」
彼岸花は襖を閉めて髪を丁寧に結う。
メモの隣に置かれた巫女の装束は、この計画を決定した際に歌仙が持ってきてくれたものだ。