第6章 第五章 タイムリミット&ストップタイム
「私は、私としてここに居る。自分という存在以外私がここに居る理由にはならない。貴方だって、人に誇れるものは男という性別でも、刀だからという事実でもないでしょ。なら、同じである私に『女だから』なんて理由で突っ掛かってくんな」
最後は少し強気に、彼岸花は言ってやる。
長谷部は無言でそれを聞いていた。
だが、数秒後、彼の目には凄まじい感情が渦巻いた。
「同じ?違う、同じなんかじゃない。俺と、お前を人格で比べたところで一致するものなど何一つない。お前は!何を知ってそんなことを言う!苦しみも痛みも、何も知らないお前が!!」
長谷部は早口に捲し立てた。その綺麗な顔は憎しみに歪んで彼岸花にただ拒絶を示す。
彼岸花は夢のあの光景を思い出した。彼が、慕っていた主に罵倒され傷つけられた光景を。
彼の心は、女を憎んで、壊れないよう保っている。その歪んだ逃避はそう簡単に修正される事はないだろう。
彼岸花は言葉を探す。彼に伝わる言葉を。
だけど、彼は結局背を向けて廊下を走っていってしまった。
「………………………………………いや、速いな!?」
そんな場面じゃないと解っていながら、彼岸花はそう言う事しかできなかった。それくらいに、速い。
長谷部の残像すら見えてきそうな廊下を見つめて数拍。彼岸花は、間に合わない事を悟った。
置いていかれた彼岸花は、結局彼に何を伝えられたことだろうか。
「………ごめんね、長谷部君も色々とあったんだ。」
燭台切が話しかけてくる。
彼岸花は、とりつく島もない長谷部の様子を思い出しながら、燭台切の話を聞いていた。
「彼、主がおかしくなってもずっと、主に話しかけてるんだ。長谷部君はまだ、主が僕らを嫌ったって、思いたくないんだ。」
嫌われたと思いたくない。燭台切はそう言ったが、それは長谷部に限った事ではないと思った。
何故なら、話を聞いている全員の顔が暗いからだ。
(やっぱり、主が好きなんだ。)
あんな小娘でも、彼等にとっては主。
切り捨てることも、嫌いになることも出来ない存在。
思えば、闇落ちした太郎太刀だって何度か審神者のことを『主』と呼んでいた。それが何を意味するのかは言及しないが、彼にとっても決して心から追い出せる存在では無かったのだろう。
(じゃあ、私にとっては………?)
どうなんだろう。