第22章 其の女【薄桜鬼】
「忘れたくない……
あんなに愛したあの人を、
忘れて仕舞うなんて許されない。
私、ずっと……覚えていないと……
だって…だってだって……
私には何も無いもの。
私には自分で覚えておかなきゃ残せない物しか無いのに……」
俺よりも年長かもしれないと思う程、常日頃は落ち着いた雰囲気だったが、餓鬼みたいに泣きじゃくる姿に胸が締め付けられる。
此の女はどれだけ寂しい想いをして来たのだろうか…と。
其の中でやっと手に入れた、たった一つの《温もり》
其れを喪っても《次》を求めるのは許されねえと思っている。
もうとっくに失くした物を、忘れちゃならないと必死に自分を圧し殺し引き留めている。
「………。」
途轍も無く可哀想な女の名を呼んで、ぐしゃぐしゃになった美しい顔を撫で回してやれば
「怖いよ……」
俺の目を真っ直ぐに見上げて、震える声を絞り出した。
「怖い?」
「怖い…怖いの……
土方さんが……怖い。」
「俺が?」
「土方さんを……
好きになるのが……怖い。
土方さんを好きになって、あの人を忘れて仕舞うのが……
怖いっ!」
再び、わあわあと声を上げて泣き出すの華奢な身体を力一杯抱き締める。
そして俺も自分の中で湧き上がって抑え切れない感情を吐き出した。