第19章 憧憬なんかじゃない【恋愛幕末カレシ】
私を真っ直ぐに見つめる慶喜さんの目は見紛う事なく、艶やかな熱を孕ませている。
この人も私と同じ感情を抱いてくれているんだと確信した。
お互いに視線だけで語り合い、その熱を絡ませれば自然と唇が重なった。
昨夜とは全く違う優しいキス。
慶喜さんは水音を発てて何度か私の唇を啄むと、意を決したように立ち上がり
「さよなら。」
そう告げてふわりと微笑む。
「残念だけど、君と私では生きる世界が違い過ぎる。」
私を蔑むようにも聞こえるけれど………違う。
慶喜さんは私を護ろうとしてくれているんだ。
これから苦難の道へと進む自分から遠避けて、私には一切の憂いを与えないように。
「さようなら……元気で。」
再度告げられる間違いの無い別れの言葉。
そしてもう一度私の髪を撫でて
「私はずっと君の幸福を祈っているよ。」
慶喜さんは部屋を出る。
遠退いていく慶喜さんの足音をどこか遠くに聞きながら、気付けば私も部屋を飛び出していた。
「慶喜さんっ!」
小さくなる背中に呼び掛けても、振り向いてはくれない。
じわじわと滲む視界。
「慶喜さん!……慶喜さんっ!!」
その場に立ち尽くし愛おしい名前を何度も叫びながら、私はいつも通り真っ直ぐに美しい所作で歩いていく彼の背中を見送るしか出来なかった。