第19章 憧憬なんかじゃない【恋愛幕末カレシ】
隣の大広間では何だか侃々諤々と議論が交わされているようだ。
その中には慶喜さんの声も聞こえる。
早朝から一体何を話し合っているんだろう。
何か面倒なお仕事なのかな?
そう思い部屋を仕切る襖に耳を寄せた私に聞こえて来たのは………
「兎に角、慶喜様には江戸に行って頂きます!」
いつも慶喜さんの側に侍っている家臣の力強い言葉。
…………慶喜さんが江戸に?
「徳川幕府の衰退を止められるのは慶喜様だけなのです。
このまま朝廷に権力を握られる訳には行きますまいぞ!
慶喜様が将軍となり、幕府を再興させなければ……」
「私如きの力では、今の弱り切った徳川幕府を救う事など……」
「何を仰る!
昨晩より何度もお伝えしている通り、
もう徳川は慶喜様を頼みとするしか道は無いのですぞ!
江戸城では慶喜様の登城を今か今かと待っております。
早急にご決断を!!」
ああ………
……………私、どうして気付かなかったんだろう。
一橋慶喜……
そう、後の徳川幕府15代将軍……徳川慶喜だ。
嗚咽が漏れ出してしまいそうな口を自分の両手で塞ぎ、ガタガタと震える私の身体を晴明さんがそっと支えてくれた。
歴史に詳しくない私だって知ってる。
徳川慶喜は江戸幕府最後の将軍。
大政奉還を行い江戸城無血開城の後に、明治という近代日本への道を切り拓く偉人。
そんな人と一緒に生きて行こうなんて、自分の浅はかさに心底呆れてしまう。
私みたいな人間が慶喜さんの傍に居るなんて許される訳が………
気付いた事実が重過ぎて震え続ける私の耳に、一層信じられない言葉が届いた。