第19章 憧憬なんかじゃない【恋愛幕末カレシ】
まるで月夜が見せた幻影のような光景に、私は息を飲んだまま動けない。
そんな私の存在に気付いた慶喜さんが
「……?」
柔らかい声色で名前を呼んだ。
ああ……これは幻なんかじゃない。
現実なんだ。
そうであれば唯々慶喜さんの流した涙が気懸かりで、私が素足のまま中庭に下りようとすると……
「駄目だよ、。」
更に柔らかい声色で、だからこそ強固な意志を滲ませて窘められる。
「私の傍に来ては駄目だ。」
「でも……慶喜さんっ……」
「今、君が隣に居たら……
私は自分が抑え切れない。」
そう言って微笑む慶喜さんが、私には号泣しているように見えた。
だから慶喜さんの言葉を無視して一直線にその胸へ飛び込む。
「君は……いけない娘だね。
私の言った事が聞こえなかったのかい?」
「独りで泣かないで下さい、慶喜さん。」
「………私を慰めてくれるの?」
「はい。
私じゃ何も出来ないかもしれないけど……
それでも私はずっと慶喜さんの傍に居ます。
だからもう……
こんな風に、独りで泣かないで……」
「………」
「慶喜さん……」
見下ろす慶喜さんの視線と、見上げる私の視線が絡み合う。
お互いの感情がぶつかって、交じり合って、溶けていくようだ。
胸に抱えた私の身体を慶喜さんの両腕がグッと抱き締め……
「………すまない。」
そう囁かれた瞬間に、私の唇と慶喜さんの唇が重なった。