第19章 憧憬なんかじゃない【恋愛幕末カレシ】
その晩、夕餉の席に慶喜さんの姿が無かった。
いつもは私と一緒に食事をしながら、その日にあった出来事など色々な話を聞かせてくれるのに。
慶喜さんが居ない事を女中さんに聞いてみると、今夜はお仕事で遅くまで戻られないって教えてくれた。
………一人きりの食事ってこんなに寂しかったっけ?
現代に居た時は独り暮らしだったから、一人で食事するのなんて慣れっこだった筈なのに……
こんな感情を教えてくれたのも慶喜さんなんだな……って改めて思い知られる。
そうなれば更に想いは募るばかりの悪循環だ。
結局その日は慶喜さんに会う事が出来ないまま、私は布団に入った。
だけど何故か眠れなくて、布団の中で何度もゴロゴロと寝返りを打ってみても眠気は全く訪れない。
こんな夜もあるよね…なんて諦めた私は気分転換でもと部屋を出て、中庭をぐるりと囲むように張り巡らされた廊下をゆっくりと歩き出す。
見事な満月が完璧に整えられた中庭を照らし出し、まるで昼間のように明るい。
この静謐な景色を独り占め出来ているのが何だか嬉しくて、私が表情を綻ばせて進んでいると………
中庭の中心に設けられている小さな池の滸に佇む人影に気付いた。
その人は何をするでも無く、すくと立ち尽くしたまま真っ直ぐに月を見上げている。
降り注ぐ月光に浮かび上がる凜々しい横顔。
左眼の下にある艶めかしい泣き黒子。
その泣き黒子の上をツッと一筋の………
泣いているんだ。
声も出さず、表情も崩さず、誰にも気付かれないように………
慶喜さんが泣いている。