第16章 七ツ下がりの雨【薄桜鬼】
戦が始まった。
私は政なんか全然分からないけれど、それでもこの状況は尋常で無いって事くらいは分かる。
錦の御旗を掲げた新政府軍に対し、朝敵となって仕舞う事を恐れて逃げ腰の幕府軍を新選組が前線で鼓舞していると聞いた。
殆どの隊士は屯所から出突っ張りで、戻って来るのは怪我人ばかりだ。
その怪我人の中に沖田さんの姿が無い事に安堵しつつも、沖田さんは無事なのだろうかと心配の種は尽きない。
私は屯所でその怪我人達の介護をしながら何とか日々を過ごしていた。
「っ…」
そんなある日、久し振りに私の名を呼ぶ声に心が弾んだ。
その声の方向へ駆けて行くと、其処には戦から抜け出してきた格好そのままの原田さんが立って居る。
「原田さんっ……怪我は…」
私がそう言って駆け寄ると、原田さんは僅かに笑みを浮かべて
「いや…俺は大丈夫だ。
ありがとな。」
と、私の頭を撫でてくれた。
だけど…その後直ぐに私の肩をがしりと掴んで向けられた表情には鬼気迫る物があったんだ。
「……此処はもう駄目だ。」
「え……?」
「何時襲撃を受けるか分からねえ。
だから……、遠くへ逃げてくれ。」
「でも……」
「お前を新選組に巻き込んじまった俺が
最後まで面倒を見てやらなきゃいけねえのは承知だが
今はどうする事も出来ねえ。
だからせめてお前だけでも此処を離れて安全な場所へ行ってくれ。
里へ帰るか…誰か頼れる人間とか……」
「でもっっ……」
原田さんの言葉を遮って叫んだ私の目からはぼろぼろと涙が溢れ出していた。
「沖田さんは?」
「……っ!」
私の問いに原田さんは大きく息を飲む。
「沖田さんは何処にいるの?
何処に行けば沖田さんに会えるの?」
「……」
原田さんは私から目を反らして、無理矢理声を絞り出す。
「総司は………」
その先は聞きたくなかった。
私は肩に置かれたままの原田さんの手を振り払って駆け出した。
「っっ!!」
背後から原田さんに呼ばれても、私の脚は止まる事は無く、唯一の人を求めて進み続けた。