第3章 昨夜泣いた君と【薄桜鬼】
「じゃあ、もう帰るね。
平助も巡察、気を付けて。」
「やっぱり送って行かなくても大丈夫か?」
「うん、大丈夫。」
「……そうか。
じゃあ明日な。」
「うん……明日。」
何かを吹っ切るように潔く踵を返した優里は、俺に背中を向けて一直線に歩いて行く。
その態度に少し違和感を感じたけど、明日の約束に高揚していた俺は深く考えなかった。
そう言えば俺、優里が何処に住んでるのかも知らねえや。
でもどうせ近い内に優里の親父さんにも挨拶しに行かなきゃいけねえし、明日にでも聞いてみれば良いよな。
そんな事を思いながら遠ざかる優里の背中を見つめていた俺の肩に、背後から誰かがぽんと手を置いた。
驚いて振り返ると其処に立っていたのは一君だ。
「何だよ。一君かぁ。
驚かせんなよ。」
はあ…と息を吐くと一君は真面目な顔のまま「逢い引きか…」と呟く。
「そ…そうだけど……別に構わねえだろ?」
赤面して慌てる俺の様子に一君は少し笑った。
「別に咎めている訳では無い。
相も変わらず仲睦まじくて結構だと思っただけだ。」
実は一君だけは一度優里に会った事がある。
別に敢えて紹介した訳じゃねえけど、優里と一緒に居る時に偶然出会したから挨拶を交わした程度なんだけど…。
明日、優里が屯所に来たら流石の一君も驚くだろうなぁ…なんて脂下がって居た俺は、一君が真剣な表情で去って行く優里の背中を見据えているのに気が付いた。
「どうしたんだよ、一君?」
俺の問いにはっとしたような一君は
「いや、あの娘……」
と、考え込んだ。
そんな態度に僅かな不安を感じた俺は、態とふざけた調子で言ってやった。
「幾ら一君だからって優里は譲ってやれねえぜ。」
「そう言うつもりでは無い。
………まあ、俺の気の所為だろう。」
結局、一君が何を言いたかったのかは分からないままだったけど……兎に角明日だ。
明日になれば皆に優里を堂々と見せびらかしてやれる。
俺は尋常じゃ無い程に胸を踊らせて居た。
だけど翌日……
どれだけ待っても、優里は屯所に来なかった。