第16章 七ツ下がりの雨【薄桜鬼】
「ん……」
目を覚ました私の視界一杯に拡がるのは見慣れない天井。
それから自分の在り様を確認すると、清潔な浴衣を身に着けて柔らかい布団に寝かされている。
一体此処は何処なんだろうと上半身を起こし掛けた時、部屋の障子戸がからりと開いた。
「お……気が付いたか?」
入って来たのは湯呑みの乗った盆を手にした原田さんだ。
優し気な笑みを湛えて私に近付いて来る。
私が慌てて布団から出ようとすると
「良いって良いって。
そのまんま寝てろ。」
原田さんは布団の横に胡座を掻いて、私の肩をやんわりと擦った。
「口の中、気持ち悪いだろ?
これを飲みな。
すっきりするから……」
そう言って渡された湯呑みには白湯が入っていて、微かに柚子の爽やかな香りがする。
態々柚子を絞って入れてくれたんだと思うと嬉しくて、でも何だかこんな自分が情けなくて泣きそうになって仕舞う。
そんな想いを誤魔化しながら私は原田さんに問い掛けた。
「あの……此処は?」
「俺の部屋だ。
お前が見世に戻るのは嫌だって言うんでな……
連れて来ちまった。」
何でも無い事の様に原田さんはからからと笑ったけれど……一寸、待って。
原田さんの部屋が在る『此処』は………
「あの…あの……この場所…は……」
「ん?
ああ、壬生……
新選組の屯所だ。」
「………っ!」
手に持っていた湯呑みを落として仕舞いそうになって、私はぐっと指先に力を込める。
新選組の屯所に、私みたいな女が居て良い筈が無い。
下賤な女を連れ込むなんてと、私だけじゃ無く原田さんも咎められて仕舞うかも…。
兎に角直ぐにでも此処を出なくてはと、私は慌てた。
「申し訳ありません!
直ぐにお暇しますから……」
だから着物を返してくれと続けようとした私の頭を、原田さんの大きな手がくしゃりと撫でる。
「構わねえよ。」
「いえっ……そんな訳には……」
「構わねえって言ってるだろ。
は何も心配しないで寝てれば良い。
どうせ、そろそろ……」
そう言った原田さんが僅かに口角を上げた時、この部屋に向かって来る確りとした足音が聞こえて来た。