第16章 七ツ下がりの雨【薄桜鬼】
その日の昼間、私は珍しく一人で出掛けてみた。
出掛けると言っても当然島原大門の向こうへは進める筈も無く、島原界隈の小間物屋や茶店を冷やかした程度だけど。
それでもまた沖田さんが会いに来てくれる……
そう思うだけで弾んで仕舞う気持ちは抑えられなかった。
好きな男が足を運んでくれるならば、こんな小さな世界に押し込められて居る自分の境遇が、そんなに悪くないんじゃないかと思える程に浮かれていた。
ああ、そろそろ昼見世が終わる頃だ。
私も見世に戻って支度をしなくちゃ……そう思って歩き出した時、
「おや、じゃないかぁ?」
背後から聞き慣れた厭らしい濁声に呼び止められる。
一つ小さく溜息を吐いてから仕方無く振り返ってみれば、其処に立っていたのはどうしてだか私の事を気に入って足繁く通って来る客だった。
ただ私はこの客がどうしても苦手だ。
京でも一、二を争う薬種問屋の銅鑼息子で、禄に働きもせず親の金を使って日がな一日島原で女を買って過ごして居る。
確かに金払いが良いから見世にとっては大得意様なのだろうけど……
兎に角、女に対する行為が偏執的で異常だった。
全身を拘束して身動きを奪ってから、金に飽かせて作らせたという変態的な道具で女を嬲り続ける。
どんなに止めてくれと懇願しても逆にその様に煽られるのか、行為は一層増長するんだ。
私の前に此奴の相手をさせられ続けた遊女が二人、精神を病んで仕舞い島原から放り出されたって聞いた。
何故か私はぎりぎりの所で耐えられて居たのもあって、此奴に気に入られたのかもしれないな。