第16章 七ツ下がりの雨【薄桜鬼】
ああ、面倒臭い。
自分で拾いに行く気など更々無いけど、男衆に頼む事すらも面倒臭い。
……別にいいや。
どうせ顔も覚えて無い様な客に貰った煙管だ。
あの客……羽振りが良さそうだったからきっと高価な品なんだろうけど、この島原から出られない私には物の価値など何の意味も無い。
まだ煙管は何本も持っているし……放っておこう。
そう決めて腰窓から立ち上がろうとしたその時………
「これ、君の?」
私が落とした煙管を手に持った男が、大通りから私を見上げて声を掛けて来た。
栗色の髪に翡翠の様な瞳を持った背の高いその男は、浅葱色の段だら羽織を着ている。
………新選組か。
近頃島原の中でも噂になっている巡察ってやつかな?
維新志士が贔屓にしている見世では、新選組の御用改めに戦々恐々としているって聞いた。
何にせよ巡察中の新選組隊士なんて客にはならないし……
「ねえ…この煙管、君のじゃないの?」
再び問い掛けてきた男に私は無愛想に答える。
「貴方にあげる。」
「え……でも僕は煙草は吸わないよ。」
「それ、裕福な客からの貢ぎ物だからきっと良品よ。
質に持って行けば高値で売れるわ。」
「本当?
そんな物、貰っちゃって良いの?」
「ええ。」
私が僅かに微笑んで頷くと、男は素直に「ありがとう」と煙管を大切そうに懐へ仕舞い込んで去って行った。
綺麗な顔した男だったな……。
私は微かに胸を躍らせる。
こんな気持ちになるのは島原に閉じ込められて以来、初めての事だった。