第1章 堕ちる【薄桜鬼】
「平助……気が付いた?」
燭台の奥の暗がりから声が聞こえる。
聞き覚えのある声だ。
聞き間違う筈の無い声。
「………総司?」
俺はその声の主の名前を呼んだ。
やっぱり総司だった。
ゆっくりと此方に近付いて来た総司の顔が蝋燭の灯りに照らされて、それを確認した俺はほっと安堵した。
「ああ……良かったぁ。
全く何でこんな事になってるんだよ。
畜生……。」
当然、総司が助けてくれるものだと俺は思った。
なのに総司は微笑みながら俺を見下ろしたまま微動だにしない。
「………早く解いてくれよ、総司。」
それでもまだ総司は動かない。
「総司……助けてくれよ。総司っ!」
この時になって俺は気付いた。
………総司の笑顔が普通じゃ無い事に。
苦しそうに、でも堪らなく愉快そうに口元を歪めている。
再び唐突に不安が沸き上がり
「総司……」
俺は震える声でもう一度名前を呼んだ。
「ごめんね。」
謝りながら屈み込んだ総司が、俺の長い髪をさらりと撫でる。
「助けてあげられないよ。
だって平助を此処に連れて来たのは僕だから。」
「…………はぁ?」
「昨夜の炊事当番は僕だったでしょ?
だから平助の椀にちょっと薬を……ね。
それが良く効いたみたいで、平助ってば死んだみたいに眠ってた。」
何を言ってるんだ……こいつ。
「それにしても平助が軽くて助かったよ。
流石に左之さんや新八さんじゃ僕には運べないからさ。」
くつくつと笑いながら、まるで世間話をしているみたいに喋る総司に得体の知れない恐怖を感じる。
その恐怖を払拭するように俺は畳み掛けた。