第2章 徒桜【るろうに剣心】
翠と最後に会った日から一月程後………
俺がその部屋へ入り豪奢な御簾を上げると、其処には正座をして三つ指を付いた翠が頭を下げて居た。
「俺に頭を下げる必要など無い。
顔を上げろ。」
ゆっくりと顔を上向け、俺を見上げた翠は驚く様子も無く
「……蒼紫様。」
と、俺の名を呟いた。
「慶喜公は此処へは来ない。
お前の召し上げ手筈を調えたのは俺だ。」
「何時から……気付いていたのですか?」
僅かに居住まいを崩し真っ直ぐに俺の目を見ながら問う翠は、まるで初めて会う女のようだ。
「仔細が判明したのは、ほんの三日程前だ。
蒲生君平……お前の父親が暗に倒幕派の連中と深く関わり
慶喜公の暗殺を目論んでいると分かった。」
翠は全く表情を変える事も無く、ただ黙って俺の話を聞いていた。
「その娘が不自然な程の父親からの薦めで
大奥に上がったとなれば……
何か善からぬ事を企んで居るのではと勘繰るのは当然だろう。」
相変わらず翠は一欠片の動揺も見せない。
「………俺の推測は間違っているか?」
間違っていると頷いてくれ……冷徹に翠を責め立てながらも、俺は心の奥底でそう願っていた。
だが暫くの間の後、翠はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。
蒼紫様の仰る通りです。」
この瞬間、俺の中で何かが崩れ始める。
「道理で…大した身調べも無く簡単に持ち込めた訳ですね。」
微笑みながらそう言った翠は懐から懐刀を取り出し、俺の足元に差し出した。
その懐刀を一瞥し、屈み込んだ俺は翠の顎に手を掛ける。
「認めるのだな?」
「はい。」
「何か言いたい事は無いのか?」
「いいえ。何も有りません。」
潔い翠の態度に、俺の中で苛立ちが増幅していく。