第2章 徒桜【るろうに剣心】
「せめてもう一度だけ……
この桜が満開に咲き誇る姿を見たかったです。」
まだ固い蕾を付けている枝を翠は見上げ
「……蒼紫様と一緒に。」
震える声でそう付け足した。
「この桜の樹齢は四百年を超えるらしい。
それに比べれば俺達、人の一生などほんの僅かな時間なのだな。」
突然語り出した俺の話を、翠は不思議そうな顔をして聞いていた。
「そんな僅かな時間の中で、悩んで苦しんで……
藻掻きながら必死で生きている。
この桜からしてみれば、
そんな俺達の姿は酷く滑稽に見えるだろう。
だが俺は……僅かな時間だからこそ
一瞬でも触れられた幸福を大切に抱えて生きて行きたいと思う。」
俺の想いが翠に伝わって欲しいと、ひたすらに紡ぎ出した言葉だった。
翠の心を乱したくは無い。
だから「好きだ」とか「愛している」など、口が裂けても言えない。
自分が望んだのでは無い場所へ向かわなければならない翠の心が、ほんの少しだけでも和らいで欲しいと強く願った。
「ありがとう………蒼紫様。」
そう言って儚げな笑顔を浮かべた翠の姿を、俺は一生忘れないようにと心に刻み込んだ。