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孤独を君の所為にする【歴史物短編集】

第2章 徒桜【るろうに剣心】


その女に初めて出会ったのは、江戸城中奥にある桜の木の下だった。

「其処で何をしている?」

桜を見上げている女の佇まいが如何にも儚げで、今にでも消えてしまいそうな気配に俺はつい声を掛けた。

「あ……申し訳ありません。
 余りに見事な桜だったので……。
 どうかお許しを。」

女は俺に斬られるとでも思ったのか、青ざめた顔で深々と頭を下げる。

「いや、お前を咎めるつもりは無い。
 頭を上げてくれ。」

俺の言葉に女は恐る恐る顔を上げたが、それでもまだ怯えたように瞳を震わせていた。

「此処に居るという事は御目見以上の者なのだろう?
 ならば、俺が咎める理由など無い。」

女は漸く安心した様子で、自分の素性を語り始めた。

「はい。
 私の父は旗本で儒学者の蒲生君平と申す者です。
 本日は慶喜公に謁見を許されまして、
 私も助手として着いてきた次第です。」

その名は俺も聞いた事があった。

何でもかなり博識の儒学者で慶喜公の覚えも良く、最近は特に頻繁に呼び付けては話を聞いているらしい。

そんな事よりもっと政に精を出して貰いたいと思うが、一介の御庭番の俺が到底言える事でも無い。

「女だてらに父とは言え学者の助手か。
 世の中も変わったものだな。」

深く考えもせず口にしてしまってから、かなり失礼な物言いだったと俺は後悔したが、女は特に気にする様子も無く俺に向かって微笑んでくれた。

そして再び満開の桜を見上げる。


透き通るような白い肌に桜色の頬。

化粧気など無いのに紅を引いたように紅く濡れた艶やかな唇。

黒目がちの大きな瞳にはただ見上げた桜が映っている。

「………美しいな。」

俺はまた無意識に呟いてしまってから、激しく動揺した。

「はい……本当に綺麗。」

有り難い事に女はその呟きを桜に対しての物だと受け取ってくれたようで、俺は密かに胸を撫で下ろす。

「俺は四乃森蒼紫と言う。
 お前の名前を聞いても構わないか?」

女は一瞬驚いたような表情を見せたが

「翠…と申します。」

それでも直ぐに可憐な笑顔を浮かべて名乗ってくれた。
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