第7章 Phantom pain~幻肢痛~【薄桜鬼】
「美味かった。
礼を言う。」
空になった椀を盆の上に戻すと女は今度は嬉しそうに笑った。
「俺の口には合わない…と言ったな?
何故そう思う?」
俺の問いに女が呆れた様な顔を見せる。
「だってあんなに上等な物を御召しになる方だから。」
女は壁に掛かった俺の着物にちらりと目をやって答えた。
「泥だらけだったので洗っておきました。」
「俺が今着ているのは?」
「兄の着物です。」
「兄が居るのか?」
「はい。
此処で一緒に暮らしています。
崖の下で倒れている貴方を見つけて
運んで来たのも兄なんです。」
「それで、その兄はどうした?」
俺の至極真っ当な問いに何故か女は僅かな動揺を見せ
「今は……仕事に…」
と、言葉を濁すと椀の乗った盆を手に取って、そそくさと逃げる様に立ち上がった。
兄の事を聞かれたく無いのか?
こんな辺鄙な場所に暮らしていて、一体どんな仕事をしていると言うのか?
俄然沸き上がった単純な好奇心を抑えられず、俺は口角を上げて女に告げた。
「暫く此処で厄介になっても構わぬか?
勿論、後程充分に礼はさせて貰う。」