第9章 夕暮れ春風帰り道 /弱虫ペダル、御堂筋翔
「…そろそろ引っ叩くで?」
「紳士は何処行った?」
「淑女がおらんかったら紳士もおらん」
「成る程」
「ほんで?キミィ、イタリア帰りでジロも知らんの?」
「ジロって、ジーロ・ディターリアのジロ?」
「せや、それや」
「ロードレースですね。出たいの?」
「ジロはプロのレースや。ボクはまだ出れん」
「まだ?てことはきっとプロになる?自信満々ですね」
「ボクがプロになるのは決まっとることやからな」
「はー、凄い自信」
「自信?プ。そんな安っぽいもんと違うわ。絶対決まっとるってだけのことや」
「裏口入学的な伝手でもありますか?」
「あのなぁ…。キミが覚えるべき日本語はもっと他にあると思うで。覚えるモンの順番間違うてるわ」
「そうかな。何でも片っ端から覚えるのが一番のスピードラーニングでしょう?」
「テレビばっか観とったらあかんで」
「あはははー。こっちのテレビ面白いよねー」
「アホになっても知らんよ」
「さっきからアホアホ言われてるところをみるともう手遅れでしょう」
「しょーもな」
「しょーもなーですねー」
「ジロで総合一位になったモンが着るマリア・ローザは知っとる?」
「斑ピンクでデレッとした柄の、およそスポーツを連想させないあの浮かれフィーリング全開のジャージ?」
「キミな。日本語は繊細なんや。言葉は慎重に選んで喋らんとニュアンスが変わるで」
「日本語が繊細なのは否定しないけど、あなたの反応を見る限り私の意図したニュアンスは間違いなく伝わったように思えます」
「マリア・ローザは好かんかぁ。まぁボクも好かんけどな。箱学とコラボなんかしよってとんだ芋ジャージや」
「ハコガク?」
「キミには関係ない話やな」
「はぁ。ハコガクはよくわからないけど、マリア・ローザは好みのジャージじゃないです。着たくない」
「着たい言うても着れるもんやない」
「だとは思うけど。私はロードレーサーではないのでその価値がわからない」
「土の間に挟まった昔の塵ィ引っ張り出したりぃ、石ころぉ拾ったりするのぉが好きな人に言うてもわからんかぁ」
「わかりませんねぇ。でもそこら辺、多分お互い様だと思いますよぉ?」
「…はぁ…」
「何か?」
「…まぁどうでもええわ。気ィ遣て損した」