第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
白いつるんとした箸置きが机の上を転がる。
「あッ!ダメダメダメダメ!」
慌てて手を伸ばしたその先で、若利くんが机から転げ落ちた箸置きをパシッとキャッチした。
「ああああぁ~。良かったー。アリガト、若利くん」
お礼を言っといて何だけど、奪い取るように若利から箸置きを取り上げる。
「…弁当に箸置きか…。行儀のいいことだな」
若利くんが無表情にじっと握り締めた俺の手を見た。いや、見ないで。減るから…て、まあ、使ってれば厭でも目についちゃうだろうけど。
「弁当に箸置きなんてお前くらいのもんだぞ。何なんだ、それ」
獅音が呆れ半分好奇心半分の目で、これまたじっと俺の手を見る。いやだから見ないで。減るから。
「その柄。桜庭さんの絵付けだろう」
若利くんにあっさり言い当てられて、俺は観念して手を開いた。
小さくて可愛い箸置きの白地に、鮮やかな藍色で描かれた素朴な花。シンプルで色濃くてぶれてない感じがいかにも桜庭さんらしい、空港で受け取った彼女の置き土産。
きっとドイツで仕事場の人や近所の人に配る気だったものなんだろうなと思う。いい自己紹介じゃない?花さんだもんね。桜庭さん。
掌でコロコロ箸置きを転がす。桜庭さんと一緒で全然見飽きない。
「桜庭さんに貰ったのか。良かったな」
ちょっと見せてみろと手を出した獅音から庇って、俺はまたぎゅっと手を握り締めた。
「ダメ。減る」
「箸置きが減るってどんなんだ、それは」
獅音は呆れ返ってカレーパンの袋をバリッと開けた。桜庭さんがいたコンビニのパンだ。チクッと痛みが走る。
机に頬杖して窓の外を眺めれば今日も雨。走り梅雨が続いている。開いた窓から雨や草や、アスファルトの匂いがして、胸がぎゅっとなった。
「そんなに大事なものなら仕舞っておけばいいのに。そのうち割っちまっても知らないぞ」
獅音の忠告に俺は振り返らないまま首を振った。
「大事だから大事に使うんだヨ。道具は使ってやんなきゃ意味ないデショ。仕舞っといたら可哀相じゃない」
「それはいいことだな」
弁当の包みを開けながら若利くんが頷いた。
「使ってこそ作られた甲斐がある」
だって。
若利くん、わかってるねぇ。そういうコト。大事に使うんだ。これは俺の宝物だから。
机にぺたっと突っ伏して、また窓の外を見る。