第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
授業が始まる。教室に戻るみんなの流れに逆らって走ってる俺ってば、鞄も持ってない。
「あれ?天童さん」
短い業間に何やってたんだか、友達と賑やかに話しながら肩口で汗を拭う白布と擦れ違った。
「何処行くんスか?授業始まりますよ」
「具合悪いから早退」
「はぁ?」
変な顔をしてる白布にサッと手を上げて見せる。
「鞄忘れて来ちゃったからサ、若利くんか獅音によろしく頼んどいてネ。弁当食っちゃっていいからって」
俺のデカい声にそこら辺で教室に戻りかけてた生徒の皆さんが振り返る。うるさかった?ゴメンねー。でももうそれどこじゃないの。全部それどころじゃないンだ。
俺、これから好きな人のとこに行くんだヨ。お別れ…じゃなくて、行ってらっしゃいを言いにサ。
「あ、コラ、天童!何処行くんだ?授業………」
生徒玄関近くまで来て、担任に行き当たった。あらま。丁度いいネ。自分で早退のお知らせが出来るじゃないデスか。
「センセ、俺風邪が重体で早退ネ。重症なんです。一大事」
「何言ってんだ。お前はいっつも頭が重体だろうが!教室に戻れ!」
担任は踵を返して俺を追って来た。ちょっとちょっとちょっと。いよいよそれどこじゃないんだけど。スリッパ履きのおじさんとおっかけっこする気は……あら。待ってヨ、何、追い付かれそうだヨ?マジで?
「いやいやいや。センセ、教室はあっち。こっちは生徒玄関。ついて来ないでお仕事してヨ。うわー、ヤダね、意外に足が速いヨ、この人…」
「何処へ行くんだ!サボりかコラ!」
「サボりじゃないって。大事な人がドイツに行っちゃうンでお見送りに行きます!断固早退!」
「大事な人?」
「言ったってわかんないデショ!?桜庭花さん!」
「え!?そこのコンビニの桜庭さん!?ドイツに行く!?何で!?」
「え!?それこそ何でセンセが桜庭さん知ってんの!?は!?」
「いやぁ買い物ついでに時々話なんかな。綺麗だよな、あの人…」
「猫だましぃ!!!!」
パァーン!!
担任の目と鼻の先で勢いよく手を打つ。面食らった担任は尻餅をついて目をシバシバさせた。
「油断も隙もない!もー、ダメだよ、桜庭さん。知らないおじさん相手にしちゃ!」
走り出した背中に担任の声が飛んでくる。
「桜庭さんにくれぐれもよろしく言っといてくれ!帰ったらまたコンビニ行きますって!」