第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
そう思ったら、止めようもなく手が伸びた。
テーブル越しにフォークを握った桜庭さんの手を握るのなんか、リーチの長い俺には何て事ない。増して幾ら強い指を備えた職人の手だろうと、女性の手を自分の手で包み込むのなんか、難しくも何ともない。
"桜庭さん"という俺にとっての"特別"は、大勢居る世界中の人からしたら結局"普通"の"女の人"でしかなくて、そんでやっぱ冷静に見たら色んな意味で桜庭さんは少し変わった普通の人でしかない。絶世の美人でも大天才でも超人でもないンだ。
美味しいもの美味しそうに食べて、馬鹿笑いして、好きな仕事する為にコンビニで働いてる、フツーの女の人。元モデルさんらしくて足が少し不自由で、ドイツに行って職人になりたい、ちょっと変わってるんだけど、フツーの人。桜庭さんくらいのちょっと変わってるは世界に溢れてる。特別じゃない。
ただの女の人。
バレーなんかやって体のデカイ俺からすれば、その気になったら多分、恐らく、まぁ、その普通の女の人な桜庭さんをほぼほぼどうにか出来ちゃう訳で、だけど我慢して、我慢して、そんな真似しないでるのって、俺がそんだけ桜庭さんの事が、特別で、…特別で……
大事だから…?
あれ?
好きって大事ってコト?
…へえ…。
出かけた手が引っ込んだ。
臆病だな、って思った。
違う。
好きなんだ、って思った。
そうか。好きなんだな。
伸びた手が逸れて桜庭さんの横にあったナプキンを摘み上げた。
「桜庭さん」
「ん?」
「ソースソース。口の横っちょ」
桜庭さんが、口の脇に指をあててアハハと笑う。
ソースを拭った指先をペロッと舐めて、明るい顔でこっちを見る。
俺も自然に笑い返してた。
あー、今、手、握ったりしなくて良かった。
こんな顔して笑ってくれんなら、全然我慢する甲斐あるんじゃない?