第1章 あったかいんだから/一松
聞き慣れてきた元気な声とスカートを翻して滑り台を滑り降りてくるスニーカーの生足が一松に飛び込んでくる。
ビックリドッキリで立ち上がった一松は、また背中を丸めてポケットに手を突っ込むとヒヨにクルリと背を向けた。
「・・・・あのさ」
「何?」
膝丈の綿のスカートの後ろをパンパン払いながら、ヒヨが笑顔で首を傾げる。
その気配を背中で感じながら、一松は口をへの字にした。
「・・・・あのさ、俺、思い出せないんだけど。アンタの事」
肩越しにチラッとヒヨを振り替えって、一松はぼそぼそ言った。
「どーしても思い出せない訳。何でだよ?九年も一緒だったんだろ?ちょっとマジであり得ないね。消えた方がいいでしょ、こんな俺」
「一松、それってアタシを思い出そうとして頑張ってくれちゃってたって事?」
一松の前に回り込んで、ヒヨがにんまり笑った。
「・・・別にそういう訳じゃ・・・」
「アリガト!でもちょっと難しいと思うよ、それ」
一松の腕を引っ張って、ポケットからずるずる出てきた手を握ってーあ、あったかいぃ・・・ヤバいな・・・・ーヒヨは眉尻を下げる。
「アタシ、いじめられっ子の不登校生徒だったから。あんま学校行ってなかったもん」
「・・・・・いじめられてたの?」
一松は思わず、ヒヨの顔を正面からマジマジ見てしまった。
ヒヨは逆に一松から目を反らして、無言で頷くと一松の手を握る手に力を入れた。
ヤバいヤバい・・・・・
今日のヒヨからは、あったかい日向の匂いがする。ネコと同じひなたぼっこの匂いだ。
騙されないぞ。おかしいだろ。何で僕の手なんか握ってくんだよ、コイツ。何の得があって僕に構うの。絶対裏があるんだろ?
駄目だ駄目だ。絶対駄目だ。
「あれ?一松、ひなたぼっこの匂いがするねえ?にゃはは。どこにいたの?」
ヒヨが一松に顔を寄せて、スンと鼻を鳴らした。
「・・・別に。家にいただけ。窓際に座ってたからかな・・・・・」
「あったかい匂いだねえ」
・・・・何でそんな顔で笑うの、アンタは。
ちくしょう。
一松はヒヨの手を引っ張って、傾いてきた小さな体をぎゅっと抱き締めた。
ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。