第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
桜庭さんから連れてってくれたのは、オープンテラスのあるドッシリした外国料理のお店。ブルネンハイムだって。ふぅん。可愛い店名だネ。それにしてももろドイツ。グーテンモルゲンな人が出て来そうな。オクトーバーフェスタでございみたいな。て何だそりゃ。
「残念ね。風邪でなければワインかビールが呑めたのに」
「向こうじゃ風邪にいいワインがあるんじゃなかったかナ…」
「フ」
肩から雨の雫を払って、桜庭さんが目元に笑い皺を寄せた。重たい木の椅子を引こうとするのを、回り込んで止める。ドイツにレディーファーストとかあるか知らないけど、まあ、もう、何となく。何か桜庭さんの椅子を引いて、ハイどうぞのポーズをとっちゃった。
桜庭さんは驚いた顔で俺を見て、面白そうに笑い皺を深めた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「でもそんな事しなくていいのよ。椅子くらい自分で引けるから」
桜庭さんは、改めてじっと俺を見ながら椅子に腰掛けた。何だか、初めて俺に気付いたみたいな、ヤ、うーん、違うナ。初めて俺に興味を持ったみたいな感じ、かナ。コレは。え?初めて?今になって?おぅわ、キツイなー。
「自分の出来る事は皆自分でするのよ。優しいのはいい事だけどね」
メニューをこっちに回してくれながら、桜庭さんは可笑しそうに言う。
「自分がやってあげられる事ならやってあげたいと思うのはダメ?」
スッとメニューから引いた指の長い手を目で追いながら聞くと、桜庭さんが低く笑った。
「ダメなんて事ないわよ。人それぞれだから」
ヒトそれぞれネ。ナルホド。
「ふふッ」
持ち上げたメニューで口を覆って、桜庭さんがいよいよ可笑しそうに笑い声をあげる。
何なに、ナニよ?え?俺、そんな変だった?
「天童くん、私の父みたいだわ」
うん?チチ?父デスか?僕が?あなたの?父みたい?
だはーッ、やめてヨー!違うデショ、ソレ、全然違うわー!
「父も背が高くて、女性の椅子を引いたり外套を着せ掛けたりする人なの。それでよく空回りしてるのよね」
空回り…デスか。空回りネ。男はツライねェ、オトーサン。
「お父さんは何してるヒト?」
「革職人よ。オーダーメイドで鞄や財布なんかを作ってるの」
お父さんも職人さん?もうつくづく物を作る人になるようになっちゃってんだネ、桜庭さんは。