第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
困ったな。そんな顔で見ないでヨ。
心配なら側にいてくれない?俺が重症なのは、貴女のせいなんだから。
「ここじゃなんだから」
俺が差しかけてた傘を押し返し、桜庭さんは自分の傘を持ち直した。
「今日の雨は温かいけど、濡れて体に良い事ないわ。風邪なら尚更ね。いらっしゃい」
そう言って歩き出す。
クールだネー。ゾクゾクする。
ん?俺、ひょっとしてマゾっ気あり?
桜庭さんの肩からひょいとバックを取り上げる。やっぱり重い。けど今の俺には何でコレがこんなに重いのか、大体見当がついちゃう。多分、きっと絵付けの道具が入ってるんだろう。あれやこれや、どっさりネ。
桜庭さんが痛いような目で俺を見た。咎め立てするって感じ。何だかちょっと怒ってるみたいに見える。
ま、そりゃそうだよネ。まずいきなりで訳分かんないだろうし。俺なんかガタイがデカイから、言ったらちょっと怖いのかも知れないし。
…怖いかナ?
少し離れて歩こうか。
怖がらせちゃ…怖がられちゃヤだもんネ。わざわざ怖がられに来たんじゃないからサ。
ほんのちょっとでも。
ちょっとでも、近くに行きたくて来たのに…って、それで離れて歩いちゃ意味ない?イヤいやイヤ、違う違う、近いってのはそーゆうコトじゃなくて、うーん、何て言うの、こーゆう感じ?
「お腹減ってない?」
無理にバックを取り戻そうとはしないで、桜庭さんはまたゆっくり歩き出した。雨の湿り気の中で甘くて苦い桜庭さんの匂いがする。それを嗅ぎながら、俺はぺたんこのお腹を押さえた。
そう言えば朝から何にも食べてないナ。てか、食べようって頭がどっかに吹っ飛んでた気がする。それどころじゃなかったからサ。
「私はお昼まだなの。あなたもお腹が減ってるようなら一緒にどう?」
「え?ホント!?いいの…、と、いや、いいんデスか?」
「食べれるの?」
「られマス」
「ならどうぞ」
隣で渋柿色の傘が不規則に揺れる。
ぱたぱた雨の音、車道側の俺と、歩道側の桜庭さん。
今は並んでるのにさ、明後日には日本側の俺と、ドイツ側の桜庭さんになっちゃうんだよネ。ヒドい話だなァ。
「ドイツは今頃夏なんだよネ」
雨粒にしなる街路樹の細い枝を見上げて言ったら、桜庭さんが驚いたみたいにこっちを見て、笑った。
「よく知ってるのね」
「勉強したから」
「ドイツに留学したくなったの?」