第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
白いセダンが通り過ぎた。跳ね水をガッツリ浴びながら道を渡る。
「持つよ、桜庭さん」
声が震えてんの、気付かれませんように。
いや、正直震えるどこかひっくり返って裏声なんだけどネ。カッコ悪いネー。
「天童くん」
驚いた桜庭さんの傘を持つ手が傾いで、アッシュブラウンの髪にぱたぱた雨の水玉が載る。
「こんちゃ。今日も雨ですネ」
髪に雫がキラキラ。見惚れちゃう。貴女、やっぱり素敵だ。よくまあこの人をおばちゃんなんて言ったよナ、俺。バカじゃない?
その素敵な桜庭さんが不審そうに俺を見る。
「どうしたの。学校は?」
やっぱそうなるよネ。勿論そうなるよネ。桜庭さん、ちゃんとした大人だネ。ヤッパリ素敵。でもそんな顔しないでヨ。
「休み。桜庭さん、ちょっと話があるんだけど、いいデスか?」
ホントはちょっとじゃない。山ほど、沢山、沢山ある。
でもそうは言えないからサ。また引かれちゃう。いやもうガッツリ引かれてる気がするけれど。
「休み?朝、登校してる牛島くんに会ったけど」
わぁ。
若利くーん。何してくれちゃってんのー。たたるナーもう。空気読んでこーっていっつも言ってんじゃん。俺もよく言われるケド。
「若利くんはどうだか知んないけど、ボクは風邪でお休みデス」
しれっと言ってはみたものの、桜庭さんは不審な表情を引っ込めない。
「確かに牛島くんは元気そうだったわね。あなたと同じくらいには」
「アレ?俺、そんなに顔色いい?」
「そうね。この前の方がよほど具合悪そうだった」
「おかしいな。ますます悪くなってるんだけど」
「…そう?」
「いよいよ重症なんデス。だからお休み」
時間がないから。
多分貴女は忙しいと思う。明日出発だもんネ。でも隙間の時間を俺にもちょうだい。下さい。お願いします。ダメでも欲しいの。だから出待ちなんかしちゃってる訳でサ。
「桜庭さん、今時間大丈夫?」
「具合が悪いなら帰って寝なさい。雨に出歩かない方がいいわよ」
桜庭さんが、俺の肩にかかった雨を、荒れた手でスルッと払った。薄いシャツ越しの感触に思わず目を閉じる。
おっと。刺激しないで欲しいナ。
ここンとこ、ずっと貴女の事ばっか考えてたんだヨ、このコーコーセイは。迂闊に触れられたら抱き締めたくなっちゃうじゃん。
いよいよ不審な俺の様子に、桜庭さんが心配そうな顔を見せる。