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お日様が照れば雨も降る。

第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚



水曜日、朝。

今日の俺は病人デス。風邪でガッコを休みました。

あったかい雨がシトシトしとしと。
恵みの雨だ。植物がうんと伸びる。

匂いがする。

季節ってさ、匂いがあるよネ。
俺はそういうの、嫌いじゃない。今頃の雨もヤじゃなくなった。

何でかなんてヤボなコト聞かないでよネ。

雨とか雪とか、寒いとか暑いとか、鼻で感じる季節。
これって意外に強烈でサ、嗅ぎながら体験したコトが、同じ匂いがしたときにブワって思い出されちゃったりなんかしちゃう。こういうの、プルースト現象って言うんだヨ。知ってた?
例えば今、桜庭さんを待ちながら嗅いでるあったかい雨の匂いとか。ダルくてヌルくて、アスファルトと、排気ガスと、土や生き物の匂いがする、えーと、走り梅雨の空気?

これってきっと、来年も再来年もその次も次も次も、ずうぅーっと俺の中で残っちゃう気がする。

桜庭さんと一緒に。

痛くて息苦しくて、でも厭じゃない変な気分。プルーストスゴイネ。

車がざんぶり雨水を跳ね上げて、俺と桜庭さんのいる工房を隔てるほっそい道を通り過ぎてく。

「ぅわおッと!」

咄嗟に傘で跳ねをガードしたけど、俺の長ーい足は水を被ってびしょ濡れになっちゃった。あらららら。あのさぁ、もちょっと行儀良く運転しようヨ。俺ってば今一応風邪引いてる設定なのね。濡れたら良くなくなくない?
…良く、なく、なく、ない…?
…うん…?結局良いの?悪いの?どっちヨ、これ。

うはー。わかる。わかってる。今俺ちょっと変だよネ?傘さして女の人出待ちするなんて初めてだし、誰かをこんなに待ったコトもない。早く出て来て欲しいけど、出て来られんのも怖いって、どうなってんのかナ。

工房の表階段にある扉が開いて、薄い渋柿色の傘がパッと目に入った。

桜庭さんだ。

彼女の傘の色なんか知らないのにすぐそう思った。絶対に派手じゃない桜庭さんは、だからこそ綺麗だ。優しい色も似合わない。可愛い格好も想像出来ない。ただあの人らしい素っ気ない好みや、すンごく絵の上手い人がサラサラっと描いたみたいな、シンプルで綺麗な線で出来てる彼女が凄くいいんだヨ。わかってくれる?
…てか、桜庭さんの全部がピカピカに見えちゃう自分が重症で、コワイ。

手すりに手をかけて、桜庭さんがゆっくり階段を降りて来る。片手に傘、重そうなバックと少し不自由そうな足取り。
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