第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
桜庭さんにデレデレしてるとこなんか見られたくないし、桜庭さんと一緒のとこ邪魔されたくないし、出来るだけ桜庭さんを見て欲しくない。ジェラシーと独占欲の塊魂。キャハッ!
…バカみたいネ、俺…。
桜庭さんがバックの持ち手に指をかけた。
「重いでしょう。持たせてしまってごめんなさいね」
ご冗談。確かに重いけど、これくらい何てコトない。絶対これは渡しません。ボクが持ちますヨ。男ですからネ、見ての通り。
…て、気持ちを込めてグッとバックを抱え込むと、桜庭さんは眉を水平に飽くまで冷静なまま、バックを握り締めた俺の頑なな指を開き始めた。
「気を悪くするかも知れないけど、あなたの事を思って言ってるだけじゃないの。これは私の大事な荷物だから落として壊されたりしたくないのよ」
桜庭さんの手の皮は、頑丈そうに硬い。荒れてもいる。なのに触られると触れたところが甘あぁぁーいと叫ぶ。今も叫んでる。硬いガサつきが甘い。肌の乾きが甘い。切り詰んだ爪先が甘い。指の長さが甘い。
近付いて初めて気付いたけど、この人、不思議な匂いがする。セロリみたいな、でも甘い匂い。嗅ぎ慣れてるような、慣れてないような…。なんだ、この匂い。不思議な匂い。不思議だけど、甘い。全部甘い。甘い。
「…天童くん?」
眉をしかめて桜庭さんが俺の顔を覗き込む。背の高い人ではあるけれど、俺はもっと大きいから、掬い上げるみたいな目で俺を見る。
獅音の言ってた通りだ。桜庭さんは美人だ。
終始一貫徹頭徹尾ボケッとしてる俺に、桜庭さんの顔が曇る。明らかに大丈夫かコイツモードに入ってるのが覗える。マズイ。
「や、あの、マジ大丈夫…」
「何をしている、天童」
両手を振って言い訳しようとしたとき、伸びた背筋からすぅっと出る通りの良い声がした。
…ぅわあー…。今は聞きたくなかった、この声。ちょっともう羊羹食べ終わっちゃったの、若利くーん。五、六個奢っとくんだったなー。
若利くんの横で獅音が、俺と桜庭さんを見比べて、妙に納得したような顔をした。
ちょっと止めてよ。誤解…じゃないんだよネー!!…参ったなぁ。
「丁度良かった。このコ、具合が悪いみたいなの。あなたたち、送って行ってくれる?」
桜庭さんがサクサクと言う。あー、誰にでもあなたなの、貴女は。ちょっとガッカリ。
「具合が悪い?」
若利くんの眉が上がる。