第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
「アメリカとイタリアが強いってこと?バレーの事はよくわからないのよ」
こっちの気も知らずにふいっと前を向いた桜庭さんのシャープな横顔をチラチラ見ながら、重いバックを持ち直す。しかし重いな。何入ってンの、コレ?
「強いのもまぁあるけど、その二カ国が盛んなんだよネ。バレー留学」
「そう。でもアメリカとイタリアじゃやっぱり私の話は参考にならないわ。私が行くのはドイツだから…」
ドイツ!ビール!ソーセージ!イッヒリーベディッヒ…だっけ?…イッヒリーベディッヒってナニ?
要するにどういうとこ?
遠くにある国だってくらいしか輪郭が掴めない。アタタタタ、心臓が痛い。
今日は木曜日。早ければ四日後、遅くても九日後には桜庭さんは俺の長い腕でもまるっきり届かないとこに行っちゃう。
バクバク言い出した胸を押さえて息を吐いたら、あろう事か桜庭さんてば若利くんと獅音がまだいるだろう公園の入り口に足を向ける。
ちょっと待て。何処へ行く気で何をする気だ。
多分口程にモノを言っちゃった俺の目を見て、桜庭さんは眉間に細い皺を走らせた。
「公園は厭?でもやっぱり具合悪そうよ?座って休みましょう」
休めない!休めないから!今一番休めないヨ、この公園!絶対ダメ、駄目ったらダメ!悪くなかった具合が猛ダッシュで悪くなる!中津川さんも駄目って言ってる!ん?中津川さん?アレ、誰だっけ、ソレ。いた?そんなヤツ?
足を止めた俺の肘に桜庭さんの手が触れた。ビリビリする。ビリビリした。
「ぅひゃッ」
咄嗟に手を引く。
「え?」
桜庭さんの驚いた顔。アラ素敵…じゃなくて!
「本当に私を送ってる場合じゃないと思うのよ。休むのが厭なら送るわ」
嘘偽りなくひたすら心配そうな様子で桜庭さんは俺の肘からスッと手を引いた。その手の感触が名残惜しくて手を伸ばしそうになる。堪える。
「大丈夫?」
大丈夫じゃないけど大丈夫なんスよ。ややこしいから説明しないけど。説明してる間に馬鹿な事言っちゃいそうだから黙るけど。
これってアレじゃない?主客逆転裁判?や、裁判要らないネ。裁判はない。主客逆転。ホンマツテントー。
「全然!全ッ然大丈夫デス!送るなんてそんな…」
「ならここのベンチで休…」
「是非送って下さい」
…俺にも面子っつぅか、恥ずかしげっつうか、そういうのがあったのネ。アタタ、我ながら新鮮〜。