第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
何で。何こんな急に切羽詰まってガッタガタになっちゃってんだ、俺?
あわわわわわ。いやややや!
「桜庭さん」
手が伸びた。大きな手と長い腕が、桜庭さんに向かって伸びた。
何なに、何やらかす気よ!ヤメヤメヤメ止め!ダメダメダメ駄目!!
そのデカイ手を引っ込めろ、覚!ビックリさせる!引かれる!
嫌われる。
厭だ!!
「うちまで送っていい?」
ヘラッと言って、桜庭さんが肩に掛けてたデカくて重そうなバックを引き取る俺。
「海外に行くんでしょ?留学とかキョーミあるから、お話聞かせて貰いたいんだよネ」
「ああ」
怪しい俺を訝しげにじっと見ていた桜庭さんが、口の端っこに笑みを浮かべてバックの持ち手を握る拳を開いた。
「留学したいの?何処へ?」
貴女の行くとこへ。
て、馬鹿モノ!ちょっと退場!ハムスター退場!クルクルクルクル変なことばっか考えてんじゃないヨ!本音は本音、建前は建前、ちゃんと距離とんなきゃ駄目だって。距離は飛び越えらんないんだよ。縮めなきゃいけないもんなの!
…でも、その時間がなかったら?
何かなさそうじゃない?だから声かけたんだよね、飛び越えて。
バックをぶらりと脇に下げて答えない俺に、桜庭さんがまた訝しそうな顔をする。
「…大丈夫?具合でも悪いの?座って休んだら、天童くん」
鳥肌が立った。
桜庭さんが俺を呼んだ。俺の名前の半分を、口にした。しちゃった。
「あれ?俺の名前、知ってました?」
ごくんと喉を鳴らして聞いたら、桜庭さんは掠れた笑顔で静かに頷いた。
「あなた目立つもの」
…あなた…。うわぁ。ヤバいィ。
「留学に私のケースはあまり参考にならないと思うけど、何処へ行きたいの?」
「…アメリカかイタリア?」
て、桜庭さんに聞いてどうすんの。口から出任せ言うから、もう。こういうのアサハカっていうんだろネ。
けど嬉しい。何となく並んで歩き出したこの自然な空気がメチャメチャに嬉しい。ゾクゾクする。
「アメリカかイタリア…。何留学したいの?」
ナルホドね。確かにアメリカとイタリアって、それだけ聞いたら何だかわかる訳ない。桜庭さんはバレーやってる訳じゃないんだから。
「俺、バレーやってるからそっち系で…」
「ああ。そうなんだ」
納得したように見上げて来る、線のシンプルな桜庭さんの顔が、凄く、良い。