第8章 麗しのハンナ/ハイキュー、天童覚
公園脇の通りを桜庭さんが歩いてる。あの独特な歩き方で、店にいるときよりゆっくりした歩調で。
思わず足が動いた。動くよ、そりゃ。中津川さん若利くん経由の情報を確認しなきゃならないモン。海外ったら海の外でしょ?遠くて洒落になんないじゃん。
「おい、天童…ッ?」
獅音の声に手を振って応えて、茂みを掻き分け柵をひょいと跳び越える。デカいって便利だネ。
「桜庭さん?」
アッシュブラウンの髪を揺らして歩く背の高い彼女に声をかける。もう、自然とそうなっちゃう。どうしようかなとか、変に思われたらヤバくないとか全ッ然考えなかった。何だか、ただ、そうなっちゃった。
振り向いた彼女に何を言う気なのかもちゃんと考えてなかったのに気付いたのは、掠れた笑顔を見止めたとき。
アレ?中津川さんって何者で、俺ってば何で若利くんちに下宿したいんだっけ?いろはすって、容れ物やっこいくせしてよく水漏れしないよね、あれ?
「こんにちは」
桜庭さんはちょっと驚いたみたいに一歩引いてーまぁ当たり前だよねぇ、驚くヨ、そりゃー、それから笑った。イラッと来るもどかしい顔。年上の人が、年下のコを見る顔だよ。うわぁ、カチンと来るナ。そういう感じで見られたい訳じゃないのヨ。違うんだって、桜庭さん。
…てかそんなマジマジ見ないで欲しいかなー。赤くなっちゃうじゃん、いや、ホントにさ。
桜庭さんは何にも言わない。黙って俺が何か言うのを待ってる。まぁね、こんな息せき切って現れたら、何か用があるんだろって思うよね、フツー。
「桜庭さん」
気付いたら口からいつものフザケてクダケた声が出てた。
「遠くに行っちゃうの?」
あ、バカ。流石にやり過ぎだ。どう考えたっておかしいよ、俺がこんなコト聞いたら!
他に何かあるでしょ。
結婚してるの?
付き合ってるヤツはいる?
どんな男が好き?
年下の男ってどう思う?
俺なんか、どう?
…ダメだ。反ってダメだ。全部却下。お引き取り願います。何考えてんの、俺は!
頭の中でハムスターが回し車を回してる。クルクルクルクル。早くて可愛いけどただ回ってるだけなのよ、クルクルクルクル。マズい。何か言ってよ、桜庭さん。俺が変な事言い出す前に。
多分、今俺はヘラヘラしてる。何でヘラヘラすんのかわかんないけど、そうせずにいられなくてヘラヘラしてる。